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BuzzAngleがまとめた、US音楽消費動向に関するレポートから分かる10のポイント

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BuzzAngle Music 2018 Report on Music Consumption | BuzzAngle Music

(↑のページ下部にPDFのリンクがあります)

 

 

 BuzzAngleというサイトがUSの音楽消費動向に関するレポートの2018年版をリリースしました。このレポートは、○○が何回再生された、▽▽が?%である……などビルボードのチャートよりも「実数」が重視されています。

 ビルボードのチャートが「どの曲・アルバムが人気か?」ということを理解するのに役立つのに対して、こちらは「どのように音楽が消費されているか?」ということを理解するのに役立つと思います。

 この役割の違いから、ビルボードの年間チャートでは見られなかったような一面を見ることができると考え、このレポートから見えるポイントを10個まとめてみました。

※便宜上、今年=2018年と表記しています

 

このレポートは以下の方法で調査されています。(P6に記載)

・調査期間は2017/12/29~2018/12/27

・1アルバム=10シングルセールス=1500ストリーミングで計算

(つまりソングは、1ソング=150ストリームで計算)

・Tidalは2017年の7月頃から再生数を公表しなくなった

 

 このレポートから読み取れるポイントを10個抜き出し、まとめました。参照するページをそれぞれの項目で示したので、教科書を読みながら授業を聞くような感覚で?レポートを見ながら記事を読むとわかりやすいと思います。

 

1 セールス減少、ストリーミング増加、全体的な数字は伸びる という傾向が続く

→ P8

 ページ8の「消費」の項目では、全体の音楽消費のうち何がどれくらい消費されているのかということをまとめています。全体のアルバム消費は16.2%増、全体のシングル消費は27.4%増と、ともに伸びを見せており昨年よりも音楽消費市場が伸びているということが分かります。

 その伸びを牽引したのはストリーミング。今年35.4%増と大幅な伸びを見せています。その中でも音源のストリーミングは41.8%増と特に高い上昇率を記録しています。ほか、ビデオのストリーミングも24.3%増でした。

 一方、セールスは数字を落としています。特に数字を落としているのはシングルのセールスで、28.8%も減少しています。アルバムのセールスも18.2%減ですが、シングルの減少ペースよりは緩やかです。

 ちなみにアルバムのセールスのうち、ダウンロードとCDは昨年比で減少していますが、カセットとヴァイナルは昨年よりも増加しています。(それでも実物売上*1=Physical Sale 全体のセールスは落ちています。CDが占める割合が大きいからです)

 

 セールス減少、ストリーミング増加、全体的な数字は伸びるという傾向は2015年から見られています。この傾向は今後も続くでしょうか?

 

2 アルバム消費のうち77%はストリーミングによるもの

→ P9

 ページ9の「消費の分析」では、どの指標が全体で何%消費されているかをまとめています。ここで注目したのは「アルバム消費の割合」という項目です。

 現在アルバムの消費は、「アルバムの売上」・「収録曲のシングルセールス」・「ストリーミング」の3指標で計算されています。この指標はビルボードなどのアルバムチャートにも導入されています。(比率については記事最初に書いています)

 そしてこの3つのうち、今年は「アルバム売上」が17.3%、「収録曲のシングルセールス」は5.7%、「ストリーミング」は77.0%の割合で消費されているようです。年々セールスが下がり、ストリーミングが上昇するという流れが続いています。

 このことから現在のアルバム消費動向のうち、かなりの割合をストリーミングが占めているということが分かります。アルバムが売れたか売れないか、の判断基準の77.0%がストリーミングにある、ということも言えると思います。

 

 今週と先週、A Boogie Wit da Hoodieがセールス1000未満ながらもストリーミングで大きくポイントを稼いで2週連続でUSアルバム1位の座を獲得しています。このようにほぼストリーミングの動きのみでアルバムチャート上位にエントリーする動きは今後も加速していくでしょうか?

(参考:A Boogie Wit Da Hoodie Sold 823 Albums Last Week, Still Goes to No. 1 | Pitchfork

 

3 Drakeが今年の王。何種目で1位?

→ P36など

 今年の「トップアルバム」「トップソング」の両方を獲得して「トップアーティスト」になったDrake。その圧倒的な成績から他にも以下のランキングで首位に立っています

・Top Album By Streams

・Top Song By Audio Streams / By Video Streams *2

・Top Artist By Total Digital Consumption / By Streams

・(Hip-Hop / Rap Songs Top Song / Top Album)

・リズミック系ラジオ再生数1位

※シングルの場合は“God’s Plan”、アルバムの場合は”Scorpion”が表彰されています。

 

 と……圧倒的なストリーミングを中心に多くの部門で1位に輝いています。時代の波を巧みに乗りこなしたDrakeが今年の主役だったことは疑いがないでしょう。

 

※ちなみに、Awardsの項目でDrakeが獲得できなかった部門

・Top Alubm By Sales → The Greatest Showman

・Top Album By Vinyl Sales → Guardians of Galaxy

・Top Artist By Physical Album Sales → The Beatles

・Top Indie Album / Song / Artist → XXXTENTACION

 

4 分散が進む?「圧倒的再生」を誇る曲がやや減少

→ P11、P31-P34

 ページ11の「ハイライト」の項目には5億ストリーミングを超えた曲がそれぞれの年で何曲あるか?ということが記載されています。

 

2015:2 2016:6 2017:16 2018:9

 今年は全体でストリーミングが大きく増えたはずなのに、5億超えの特大ヒットの曲は減った、ということです。これに関する分析はページ31-34に載っています。

 

 このページではトップ50、トップ500、トップ5000……の曲が全体の消費の何%を占めているかを消費方法別に示しています。

 ここでは2017年比の変化も載っているのですが、うちアルバムセールス、シングルセールス、音源ストリーミングの3つは昨年よりも「トップの占める割合」が下がっているということが分かります。(唯一ビデオストリーミングは割合がそこまで下がっていない) つまり、各媒体で「流行の分散」が進んだということです。

 

 さらに、媒体ごとにトップ○○を占める割合を比較したのは以下の表です。トップ50、500、5000、50000の全てで音源ストリーミングの上位独占率が低いことが分かります。つまり、音源ストリーミングは他と比べて多様性があるということが言えます。

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 もう2つは、トップ50の段階で上位独占率はセールス>ビデオですが、トップ5000で独占率がビデオ>セールスになります。これはビデオのリリースされている数が限られるからでしょうか。

 

 昨年Pitchforkが、「上位10%の曲に再生数の99%が集まっている」ということを理由に、「ストリーミングのリスナーは幅広い音楽を聞くことに努めよう」という旨の記事を出しましたが、音源ストリーミングは多様性の面でほかよりも優れているようです。

 

※ちなみに「上位10%の曲に再生数の99%が集まっている」というと、「響き」はありますが、例えばSpotifyの対応曲数の上位10%はおよそ400万曲なので、これだけ莫大な曲数で99%になるのは「妥当」な気もします

 

5 全体で見ると「過去曲」が占める割合が高い

→ P26-P28

 ページ26-28にわたる項目では、どの時期の曲が多く消費されているかを分析しています。リリース8週目までの曲を「New」、8週目以降~78週目(=1.5年)までを「Recent」、78週~156(=3年)を「Catalog」、156~を「Deep Catalog」と分類し、それぞれがどのような割合で消費されているかを調査しています。

 

 シングル、アルバムともにDeep Catalogが最多でした。これは純粋にDeep Catalogに分類されるアルバムの数が圧倒的に多い、ということが理由でしょう。両方とも次いでRecentで、残りのNew・Catalogは均衡しています。

 昨年と比べると若干Deep Catalogが減少しているようです。(Songではやや新しいものを消費する傾向が強くなった)

 

 そしてページ28では消費の「方法」別にどの時期の曲がどのような割合で消費されているかを分析しています。各部門の(割合が)最小・最多は以下の通りです

 

・New 最多:アルバムのダウンロード 最小:カセット

・Recent 最多:音源ストリーミング 最小:ヴァイナル

・Catalog 最多:カセット 最小:CD

・Deep Catalog 最多:ヴァイナル 最小:音源ストリーミング

 

 物流に限りのあるカセットやヴァイナルは時期に偏りがあります。音源ストリーミングはRecent、つまり今年の話題作(8-76週)をじっくり聞く傾向にありますが、3年以上前のアルバムにはあまり着目していないようです。

 これは果たしてストリーミングユーザーの「性」なのか、それとも3年以上前のアルバムがストリーミングにあまり適応していないからなのか? そのような可能性も考えられると思います。

 

6 最も人気なジャンルはラップ。 それぞれの「得意分野」とは?

→ P21-P24

 ページ21~24にかけてはどのジャンルが人気かということを分析しています。1位はアルバム・シングルともにラップ。2位はポップ、3位ロック、4位R&B、5位ラテンと続いています。これらの順位はアルバム・シングルともに同じです。

 ページ23にはアルバムセールス、アルバムダウンロード、ヴァイナル……など消費方法を9種類に分類し、その消費方法の何%がどのジャンルから来ているのかを示しています。

 

 それぞれの消費方法でのトップは以下の通りです。

・アルバムセールス、アルバムDL、ヴァイナル → ロック

・フィジカルアルバム、CD、シングルDL → ポップ

・ストリーミング、音源ストリーミング、ビデオストリーミング → ラップ

 

※アルバムDL、フィジカルアルバム、CD、ヴァイナルは、「アルバムセールス」の一部

※音源ストリーミング、ビデオストリーミングは「ストリーミング」の一部

 

 そしてページ24ではそれぞれのジャンルがどのような媒体で消費されているか、を分析しています。先のP23は「媒体目線」でしたが、P24は「ジャンル目線」で消費を分析しています。

 ここでは全ジャンルでストリーミングが過半数超え。その中でも特にストリーミングが多いのはラテン、ラップの2種類です。ラテンはストリーミング消費の占める割合が95.2%と全ジャンルで最も多いです。それに次ぐのはラップの92.3%です。

 逆にストリーミングが占める割合が少ないのはジャズとクラシックで、この2ジャンルはストリーミングの割合が60%以下です。

 

 

7 ラッパー以外で最もストリーミングされているのは、Ariana Grande!

→ P56

 ページ56にはストリーミングのアーティストランキングが掲載されています。ストリーミングで人気のラッパーが多く名を連ねていますが、非ラッパーも一部ランクインしています。

8:Ariana Grande、10:Imagine Dragons、12:The Weeknd、13:Taylor Swift、15:Ed Sheeran、19:Chris Brown、22:Maroon 5

 

 ここで注目したいのはAriana Grandeです。夏にリリースしたアルバム“Sweetener”がストリーミングで好調だっただけではなく、その後にリリースした”thank u, next”も絶好調。年の暮れのリリースながらも短期間で一気にストリーミングを稼いでいます。(集計2ヶ月弱ながらも、Top Pop Songsの項目で9位に)

 彼女は2019年にリリースしたシングル”7 rings”でも絶好調をキープ。2月にはアルバムもリリース予定です。この勢いが続けば、来年ラッパーたちを差し置いて「最もストリーミングされたアーティスト」に輝いてもおかしくないと思います。(他のリリースとの兼ね合いもあると思いますが)来年の集計を待ちましょう。

 

8 BTSの躍進、総合アーティストランキング15位、アルバムセールス2位

→ P54,P55

 今年2回のアルバムチャート首位で脚光を浴びたBTS。アルバム・シングルのセールス、ストリーミングの数字を合算したページ54の「総合消費アーティストランキング」では15位、そしてアルバムの純セールスのみを合わせた「アルバムセールス アーティストランキング」ではなんと2位に入っています!は今年2作一気にリリースしたことも大きいのかもしれません。

 総合消費ランキングでもそのセールスの高さが生きてランクインしたのだと思われます。かといってストリーミングがとりわけ低い、というわけでもありません。(このランキングに載っているThe Beatles、Jason Aldeanの2名(組)は、ストリーミング実数値、割合ともにBTSよりも低い)

 ファンの熱意を表すセールスに加えて、ストリーミングもそれなりに高いということは一般層にもある程度浸透した、ということでもあるのでしょうか。

 

 アルバムセールスランキングで1位だったのはEminemです。Eminemは昨年末に一つ、そして今年の半ばにもう一つアルバムをリリースしたので、元の支持の強さに加えて条件の面でも有利だったのかもしれません。

 ちなみにこの「アルバムセールス アーティストランキング」ではVarious Artistsの作品は計上されていません。“The Greatest Showman”はアルバム一つでEminemBTSのアルバムセールスを上回っています。

 

9 ビデオが無くても「Video Streams」を稼ぐ曲たち

→ P52

 ページ52の「ストリーミングが多い曲」では、それぞれの音源再生・ビデオ再生、そしてそのトータル再生数が掲載されています。ここで注目したいのは“I Fall Apart”と”Yes Indeed”のビデオ再生数です。これらの曲はミュージックビデオが無いながらも一定のビデオ再生数を記録しています(ビデオがある“Better Now”のビデオ再生数よりも多い)

 これはYouTubeにある「音源」が再生されているということを意味していると思います。ビデオは作りませんでしたが、音源だけYouTubeに上がっているということです。

 「音源」だけYouTubeに上がっているというとどことない違法?な雰囲気がありますが、実はそうではなく、本人以外が上げたビデオを含めて「合法」で再生数にカウントされているのだと思います。

 YouTubeのチャートでは「楽曲ランキング」と「ビデオランキング」の2区分があります。これらの再生数を見比べると「楽曲」と「ビデオ」の再生数にそれなりの隔たりがあり、純粋なビデオ以外の場所でも再生数を記録しているということが分かります。

 それはどこなのか?というと「外部の公式音源」です。YouTubeでは以下のように、ビデオの概要欄下に「この動画の音楽」という項目がある場合があります。これらはConnect IDと称されており、権利者の「お墨付き」を表します。

 

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Post Malone – I Fall Apart (Lyrics) 🎵 - YouTube から。この動画のアカウントはPost Maloneの関係者ではない)

 

 “Girls Like You”のように、ビデオがヒットにつながることは今年も多くありましたが、逆にビデオが無くても外部の力を借りつつ「ビデオ再生」を稼ぐケースもあるようです。

 

10 「チケット付き」「グッズ付き」は弾く?独自の集計方法が一部で見られる

→ P44

 

 最後にマニアックな項目です。このレポートとビルボードでは一部集計方法が違うものが見られました。

 P44のアルバムランキングでは、それぞれの作品の総合売上、純セールス、シングルのダウンロード、ストリーミングのそれぞれの数字を見ることがきます。

 ここで注目したいのは5位の“Astroworld“の純セールス94,064という数字です。この数字は「低すぎる」のです。ビルボードはこのアルバムを初週のみで270,000枚の純セールスがあったと計上しており、それぞれの枚数に矛盾が生じているのです。

 どちらかが間違っている?……そうではなくここには「トリック」があると思います。まずTravis Scottが初週で27万枚という高い純セールスを記録したのには理由があります。

 彼はアルバムのリリースと合わせてグッズ販売を自身のサイトで実施。その何らかのグッズを購入した人には、合わせて音源をおまけで付けていたのです!この「おまけ」の音源もビルボードの集計には計上されており、ここまで数字が伸びたのです。

 ビルボードはこのことを認識しており、“Astroworld”がアルバム1位を獲得した週の解説記事では 

” The set’s sales were supported by an array of Astroworld-inspired merchandise/album bundles sold via Scott’s official website. “

と表記しています。

 2017年以降、このようにグッズに音源を付ける、ツアーチケット割引権のあるCDなど多角的なアルバム販売が際立っており、この“Astroworld”のようなケースは決して珍しくはありません。

(関連:BROCKHAMPTON、アルバム1位から3週後に圏外へ? アルバム1位の「その後」 - チャート・マニア・ラボ

 

 話を元に戻すと、BuzzAngleのアルバム純セールスがビルボードと比べて低いのは「おまけ」音源を集計に入れてはいないからだと考えられます。今年はこのような手法でセールスを伸ばしたアルバムがいくつか(Dave Matthews Bandなど)ありましたが、それらは軒並みTop Album by Salesの項目には入っていません。他のアルバムでもこの「おまけ」や「チケット付き」の分はBuzzAngleのレポートでは弾かれているようです。

 

 他にもこのレポートでは、ビルボードと集計方法が違う部分があります。このレポートでは最初に述べたように、1500ストリーム=1アルバムで計算されていますが、ビルボードでは微妙に違います。

 ビルボードも2018年6月までは同じ1500=1でしたが、ストリーミングの多様化に伴い計算方法をマイナーチェンジ。7月からは「広告付きの無料ユーザー」は3750=1、「有料ユーザー」は1250=1という2段階評価に変わりました。有料ユーザーの再生数の割合が高かったことからこれらを合わせると、ビルボードのチャートでは現在はおおよそ1325=1程度で集計されています。

 

 このような特殊な計算方法を導入しているのはビルボードくらいで、他の媒体は1500=1が多いです。

 

 あと、ほか地味なポイントではビルボードと曲のジャンル分けが若干違います。ビルボードではラテンではなかったCardi Bの“I Like It”がラテンに、向こうではEDMではなかったLauvがこちらではEDMに……あたりですかね。

 

・他の年のBuzzAngleレポート

 

2015:2015 BuzzAngle Music U.S. Industry Snapshot | BuzzAngle Music

2016:http://www.buzzanglemusic.com/wp-content/uploads/BuzzAngle-Music-2016-U.S.-Report.pdf

2017:http://www.buzzanglemusic.com/wp-content/uploads/BuzzAngle-Music-2017-US-Report.pdf

 

*1:CD、ヴァイナル、カセットなど、ダウンロードとは違って手元に残るタイプの音源

*2:Sales首位は“Perfect”なのに、AwardsのSalesの項目では”God’s Plan”が表彰されています。“Perfect”が昨年の曲だから?