チャート・マニア・ラボ

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Billy Ray Cyrusともコラボ!5年前にカントリーラップを志したBuck 22というラッパーについて

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 現在カントリーとラップを融合させたLil Nas Xの“Old Town Road”がアメリカを中心に大ヒットしています。この曲がヒットした一因はビルボードの「ジャンル変更」。途中までHot Country Songsというチャートに入っていたのですが、ヒットしかけたタイミングでチャートから除外されました。

 このことが話題を呼び、この曲のストリーミングなどが浮上。さらにはカントリー界のレジェンドBilly Ray Cyrusがリミックスに参加し、爆発的な人気に。今週のチャートではUSの週間最高ストリーミング数を塗り替える1.43億再生を記録したのです。(そしてビルボードのHot 100シングルチャートでは首位に立っています)

 

(この「ジャンル変更」騒動については以下の記事にまとめています)

 

 今回私が記事で取り上げるのは、Billy Ray Cyrusのその1個前のHot 100エントリーです。彼は“Old Town Road”が5年ぶりのHot 100エントリーだったのですが、実はその5年前のHot 100エントリーも「カントリーラップ」だったのです!

 

Buck 22 feat. Billy Ray Cyrus – Achy Breaky 2

  

 Billy Ray Cyrus自身最大のヒットである”Achy Breaky Heart”をアレンジ。サウンドをダンサブルにして、ラップを挿入。そしてコーラスのパートはBilly本人が担います。

(ちなみにYouTubeのコメント欄にはいくつかLil Nas X関連の言及があります)

 

 「カントリーラップ」は既に以前から存在はしていました。彼以外にもカントリー + ラップの融合自体はNelly、Jason Aldeanなどがそれ以前から試みています。

 しかしこの曲のBuck 22というラッパーが少し違うのは、「カントリーとラップの融合」をキャリアの中心に据えていたということです。NellyやJason Aldeanが融合を試みたのは「シングル単位」でしたが、Buck 22はその融合こそが一番のアイデンティティだったのです。*1

 そんな5年前にカントリーラップを試みた男、Buck 22についての記事です。

 

 Buck 22という男については、以下の“Achy Breaky 2”についてBilly Ray Cyrusに対して行われたインタビューを見ると分かりやすいと思います。

 Billy Ray Cyrusは大御所シンガー・Dionne Warwickのシングルに客演として参加。そのレコーディング途中、Dionneの息子であるBuck 22と遭遇。そのことがきっかけで“Achy Breaky 2”は出来上がったと語っています。

 Buck 22は有名シンガーの息子だったのです!彼はさらにDamon Elliottの名義のもと、Destiny’s ChildP!nkのプロデュースを行った経験もあるようです。

 Damon ElliottのTwitterの奥底を覗くと”Achy Breaky 2”についてのツイートをいくつかリツイートしており、同一人物であることが分かります。

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(↑@Chartdata以前にチャートニュースを伝えていた@Chartnews)

 

 Buck 22名義では“Achy Breaky 2”がデビュー曲で情報も少ない新人ですが、彼自体は「謎の存在」ではなく既に実績も交友関係もある人物でした。

 そんな実績を残していたプロデューサーが心機一転、名前を変えてデビューしたのはこれまでのキャリアとは違った「野望」を成し遂げるためではないでしょうか。それは「カントリーとラップの融合」です。

 

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 彼のTwitterを見てみると、プロフィールには

「俺はBuck 22。カントリーとヒップホップを融合させる革命を進行中。君もこのビッグウェーブに乗らないか?」

とあります。Buck 22にとって、カントリーとラップの融合は“Achy Breaky 2”に限ったものではなく、キャリアを通しての最大の目標だったのです!

 

 彼はこれ以外のシングルとして挙げられるのは“Country Pride”です。この曲はより「カントリー志向」が強く、カントリーのサウンドにそのままラップを乗せたような仕上がりになっています。ビデオもあります。

 これらの“Achy Breaky 2”、”Country Pride”などを収録した“Buck 22”というEPが2014年にリリースされています。(SpotifyにはあるがApple Musicには無い模様)

 ほかこのEPに収録されていない”Dale Earnhardt Jr.”という曲もあります。“Achy Breaky 2”のようにビートはダンサブルですが、コーラスのパートにカントリーっぽさがあります。

 

 このように一貫してカントリーとラップの融合を試みるシングルやEPをリリースしてきましたが、彼は残念ながら結果を残したとは言い難いです。

 

 “Achy Breaky 2”はYouTubeで注目を集めた結果、Hot 100にもエントリー。80位と順位は高くないですが、ある程度は注目を集めていました。

 しかし芳しくなかったのはその評価です。上記のリンクにもあるYouTubeでは低評価の嵐。全評価の約2/3で👎がついています。YouTubeは基本的に👍>👎となるので、ここまで👎が多いのは異例です。

 また音楽歌詞サイトGeniusではこの曲を「音楽の終わり」と評しており、注目は集めたもののやたらと評判が悪かったことが伺えます。

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 その結果、この曲はただの「一発芸」の域を抜け出せませんでした。Hot 100も1週で圏外に落ちて、YouTubeもその後もあまり再生数を伸ばせていないようです。インパクトだけはありましたが、リスナーに「定着」することは無かったのです。

 リリースから現在に至るまで、約5年間でこのビデオは997万再生を記録していますが、これはあまり大きい数字とは言えません。

 これに対して“Old Town Road”のリミックス今週の2週間のみでこれの6倍に相当する再生を記録しています!もちろん時代の違いなどの要因もありますが、それでも同じカントリーラップでも影響力が桁違いだということが伺えます。

 

 Buck 22はその後もシングルが注目を集めることはなく、徐々に存在感を失っていきます。以下はBuck 22のシングルのSpotify再生数なのですが……(4/21時点)

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 “Achy Breaky 2”でも5年をかけて27万再生程度……一方、”Old Town Road”は昨日「だけ」で約488万再生を記録しています!(リミックス、4/20、グローバルのデータ)*2

 

 「カントリーとラップの融合」という野望を抱き、いくつか曲をリリースしたBuck 22でしたが、注目は長く続かず、最終的にBuck 22は活動を中止してしまったようです。2015年の以降はシングルもリリースされておらず、Twitterも更新が4年前から止まっています。(一方、Damon Elliottのアカウントは今も更新が続いています。ただしLil Nas Xへの言及は見られない)

 

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 Buck 22という男が5年前に試みたカントリーラップという路線は、「一発芸」的には一時インパクトを与えたものの、結局は人々に「目に見える」影響力は持つことなく幕を閉じてしまいました。

 ただし、まだヒップホップが現在のように「支配的なジャンル」ではなかった5年前から「カントリー + ラップ」の融合に目をつけ、それを軸にムーブメントを起こそうとした先見の明は秀逸だと思います。この記事で主に伝えたかったことはこれです。

 また「目に見える」影響力が無いだけで、実は水面下で影響を与えている?という可能性もゼロではありません。もしかしたらLil Nas Xはこの曲を参考にして“Old Town Road”を作ったかもしれないし、Billy Ray Cyrusは「”Achy Breaky 2”のリベンジ」を果たすために”Old Town Road”のリミックスに参加したのかもしれません。

 まあこれは私の推測なので合っているかどうかは知らないですが、それでも様々な物にアクセスできるインターネット・スマホ時代では、何が何のヒントになるかは分からないので、このような「独自の挑戦」をしたことに一定の意義があるということは、確かだと思っています。(仮に目に見える影響力が無くても)

 

 それに、少なくともこの曲は私には影響を与えています(笑) ”Old Town Road"騒動があった後、一時期この曲を1日5回くらい聴いていた時もありました。

 この騒動よりも前も、私の中では「なんか面白い曲」として記憶には残っており、巷では「忘れられた曲」ながらも定期的に再生していた気がします。

 ともかく、カントリーラップという独自の挑戦(当時)を5年前に行い、一時的だがインパクトは残したBuck 22に私は拍手を送りたいと思います。

 

*1:他にも何人かカントリーラップをメインに据えているアーティストはいます。ただしそれらのアーティストはHot 100へエントリーした経歴は無いようです 参考:Country rap - Wikipedia

*2:※ちなみに”Achy Breaky 2"が80位でHot 100にデビューした週に、前後の順位(79位・81位)の現在のSpotifyでのトータル再生数は以下の通りです。

79位:Arctic Monkeys - Do I Wanna Know :6億3100万再生

81位:Daughtry - Waiting For Superman :5038万再生