今週のHot 100記事で“The Git Up”について語っていたら長くなったので個別記事にしました。曲がバズることなどについて書いています。
×× Blanco Brown – The Git Up
ネクストOld Town Roadとして期待されていた*1“The Git Up”が満期。ピーク14位、滞在20週でチャートを後に。最初は勢いよく上位に進出したものの、トップ10までは手が届きませんでした。
このタイプの曲としては珍しく、4ヶ月程度iTunesのトップ10に居座り続けるなど“The Git Up”はDLの数字が優秀でした。iTunesで首位に立った瞬間もあります。(2位だった期間も長い)
一方、ストリーミングの数字はDLと比べると微妙でした。Appleでは最高30位程度、Spotifyでは最高36位とトップ10には手が届かず。
一方、YouTubeでは最高10位に到達しています。音源、ビデオ、ダンス練習動画と3種類の動画がすべて一定の再生数を得ているのが特徴的です。
ラジオではポップ、アダルトポップ、リズミック、カントリーと複数の系統でオンエアされていたのですが、どの系統でも30位程度までしか到達せず、どの系統でも本格的な人気を得ませんでした。
この曲の評価は難しいです。元は無名のシンガーがここまで曲をヒットさせたことはもちろん快挙です。TikTokではかなり高い採用率を誇り、アンダーグラウンドな領域でも人気を得ています。(Like数が1Mを超える動画数が26個 ちなみに”I Don’t Care”はそれが2個 どこまで曲が登録されているかが不明なのでなんとも言えない部分もありますが)
ただ「ネクストOld Town Road」と称され、ストリーミングのプレイリストやラジオのサポートを受けてかなり期待されていたことを考えると、微妙な成績という見方もできます。この曲はプレイリストのサポート(Spotify、Appleの有力ヒットリスト)をブレイクする前(チャートで上昇する前)から受けていました。
高いDLを獲得し、「バズ」的な人気を得ましたが、SpotifyやAppleの数字を見る限り、実際に曲としての評価は微妙と感じます。(期待度やDLの数字の割には)
“The Git Up”が比較対象の“Old Town Road”と決定的に違うと感じたのは「アーティストへの注目度」です。
“Old Town Road”のLil Nas Xはヒット後にリリースしたEPがストリーミングで人気を得てアルバムチャートでは2位に登場(1位はツアーチケットのバンドルで数字を稼いだThe Raconteurs) この時1位と2位の差はあまり大きくなかったので、仮にEPではなくフルサイズのアルバムだとしたら、収録曲が増える分ストリーミングが伸びてアルバム1位になっていた気がします。
彼はその後も様々な面で話題を呼ぶことに成功し、“Panini”が続けてヒットになりました。
一方、“The Git Up”のBlanco Brownのアルバムはノーインパクトに終わりました。10月にリリースされた”Honeyshuckle & Lightning Bugs”はアルバムチャートで130位止まりでした。”The Git Up”単体のストリーミングやDLだけでかなりの数字を稼いでいることを考えると、「アルバムとしての消費」はかなり少ないと思われます。
これは“The Git Up”だけは気になるけど、この人が他に何をしているか?ということは気にされていないということを表していると思います。
バイラル系の曲には「3段階の進化」があるという仮説を個人的に考えています。
1:バズで人気 (話題にはなっているが曲としての人気はまだ)
2:曲が人気 (話題になり、そして曲としての再生が伸びる)
3:アーティストとして人気 (曲の人気だけではなく、アーティストへの注目度が高い)
意外と1-2の壁が高い印象です。1まで到達しても、曲として再生数を得るかは案外別で、「話題になる」と「ヒットする」は少し違うと考えています。例えばTikTokで話題になっている曲は数多いですが、それらが全てSpotifyやAppleで具体的な再生数となって現れるか?というとそうでもないです。
そして2-3の壁もなかなかハードです。3まで到達すればヒット曲以外も注目を集められるようになるし、音源の外=ライブ等でも存在感を発揮できるようになります。一方2で止まってしまうと、「一発屋」のような存在になってしまいます。
ただし2まで到達することは無駄ではなく、その後も曲のヒットで得た知名度を生かして地道に活動を続け、最終的に3にたどり着くというパターンもあります。”#Selfie”後のThe Chainsmokersはこれだと思います。
Blanco BrownはLil Nas Xの「カントリーラップ」という要素を取り入れて、元は無名ながらも曲をヒットさせる快挙を成し遂げました。これで段階2;曲が人気です。
しかしLil Nas Xの「カントリーラップ」だけを模倣しても彼のように段階3まで到達しませんでした。つまり、Lil Nas Xの本質は「カントリーラップ」という部分ではなかったのです。
Lil Nas Xの一部を参考にして曲はヒットしたけど、本質的にはLil Nas Xになりきれなかったのでアーティストとしては興味を持たれることはなかった。これが“The Git Up”、そしてBlanco Brownのヒットの評価だと思います。
ストリーミングでは10人が1回聞く = 1人が10回聞く、または10人がシングルを1回聞く = 1人がアルバム10曲を1回聞く は同じカウントされます。
つまりディープなファンが、DL時代と比べると影響力を持つようになっています。Buzzangleの調査によると、DLよりもストリーミングのほうが、上位の曲の独占率が下がっているようです。ほかSpotifyの細かい曲別の再生数などを見ると、シングルと非シングルの差がかなり小さくなっています。ストリーミングではマニアックな非シングルまで手が伸びやすいのです。
この「ディープな再生」は○○の過去作が聞きたい。○○の曲はシングルじゃないのもチェックしたい。のようなアーティストへの興味が引き起こしているものだと思います。
最後に、以前Chartdataのブログにも寄稿していたAlexanderao氏がストリーミングの特徴について興味深い分析を行っていたので要約して紹介します。
ストリーミングが登場した当初、”Watch Me”*2のようなバズのみによってヒットする曲が量産され、チャート上部をこのようなタイプの曲が支配すると危惧する声もありました。しかしこれは杞憂に終わっていると思います。
近年のストリーミングでは「歌」という単位よりも「アーティスト」という単位への興味が観測され、Billie Eilishなど過去曲が発掘される事例も見られました。これはDLよりもストリーミングのほうが知らない曲へのハードルが低いことも関係しているでしょう。
まとめると、ストリーミングはチャートを「バイラルコンテスト」にすることはなく、どのアーティストがヒットしたかを可視化させたのです。
In short, streaming didn’t turn the charts into a virality contest. It has actually helped us more accurately measure when *artists* go viral.
— Alexander (@alexanderao) March 27, 2019
(スレッド形式のツイートです)
関連記事:
※2020年7月10日:加筆・修正をしました。