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ストリーミングは古い曲を発掘する? Post Maloneの2曲が突如Hot 100に登場した現象を探る

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 個人的に先週のHot 100で見どころだったのはPost Maloneの2曲の登場。2位のrockstarの影響を受ける形で数曲がHot 100に舞い戻りました。

 Go Flexが100位に再登場。I Fall Apartが65位で再登場。

 そのチャートアクションをビルボードも単独で記事にしています。それだけ珍しいチャートアクションを取っているということです。

www.billboard.com

 

 今回のこの登場の何が面白いかというと、シングルでもない曲が突然人気になったということです。通常、Hot 100で順位を伸ばすタイミングは ① 曲のリリース自体が注目を集め、ダウンロードなどが増える ② ラジオで伸びを見せ、それ自体が宣伝にもなってダウンロードなどが上がる の主に2つです。

 Post Maloneの今回のケースはこの2つに当てはまらない、新しいものなのです。

 

 近年はストリーミングでじわじわ人気が伸びて、それがラジオに飛び火して……のようなパターンも増えてきました。他には突然のニュース(多くは訃報)でダウンロードなどが伸びて再注目を浴びるようなケースもあります。

 大きく分類すれば、Post Maloneの今回のケースはストリーミングのパターンに当てはまります。しかし、個人的には今回のケースは従来のストリーミングでの人気上昇とパターンが違うように思いました。今回はそれぞれのヒットの経緯を確認し、それらがなぜ驚きなのか?ということを読み解いていこうと思います。

 

パターン1 ライブ映像の威力を倍増させたストリーミング

 

 今までシングルでもなく、そこまで注目されていなかったI Fall Apartが突如Hot 100に復活したのはライブ映像がTwitterに上がったから、と分析されています。このことは上記のビルボードの記事にも書いてありますし、Geniusも似たような分析をしています。

Post Malone's "I Fall Apart" Is Surging In Popularity Nearly A Year After Its Release | Genius

 

 このライブ映像で突如スポットライトを浴びたI Fall Apartはストリーミングで急上昇。それだけでなくiTunesのダウンロードも一定数記録し、Hot 100で65位に入ったのです。

 特にストリーミングは絶好調で、現在Spotifyで2位・Apple Musicでは3位。ほんの3週間前ぐらいには200位圏外だったことを考えると驚異的な躍進といえます。

 なぜこんなに伸びたのか?もちろん、Post Maloneの曲 / パフォーマンスが凄かったということが重要な理由の一つですが、ストリーミングでの環境も理由の一つだと思います。このストリーミングの事例を分析する前に、ひとつ比較として挙げたい日本の事例があります。

 

約6.2万リツイート 約14万いいね!!!!!

 個人的にはSophieプロデュースという点で記憶していたこの曲ですが、安室奈美恵さん引退のタイミングで、このようなツイートの形で大きくバズりました。ライブ映像ではないですが、「話題の歌手の意外な曲がSNSでバズる」という形式は同じです。

 しかし、こっちのB Who I Want 2 Bはあまりヒットにはなりませんでした。

 安室奈美恵さん引退の発表を期にiTunesでは多くの曲がダウンロードされ、該当週のBillboard Japan Hot 100では安室奈美恵さんの曲が12曲もエントリー!邦楽アクトとしては最多(と思われる)記録を残しました。 *1 ですが、このB Who I Want 2 BはJapan Hot 100に入らず。さらに、このツイートがされた9/24から1週間くらいのデータを参照しても、iTunesのトップ100にすら入っていませんでした。

  つまり、この話から何が言いたいかというと、SNSでバズってもそれがイコール直接的なヒットにつながらない場合もあるということです。

 

 話をPost Maloneに戻します。同じようにPost Maloneがバズったきっかけのツイートを見てみます。

約13万リツイート 約23万いいね。こちらのほうが規模は大きいですね。

 アメリカのTwitterユーザーは日本のTwitterのユーザーの2倍以上いるらしいので、人口に対するインパクトを考えると日本と同じくらいでしょうか……?

 つまりツイート自体の「バズり」度でいえば、あまり変わらないとも言えます。

 

 では、なぜこの2つにヒット度の差が出たのか?

 まず挙げられるのはダウンロード習慣の根付きの違いという点です。日本ではCDが健在で、↓の調査では、日本で「ダウンロードを今年した」という人は「CDを今年購入した」人の半分ということが明らかになっています。

 

  一方、アメリカではシングルCDのようなモノは既に幻となっていて、シングルを「買う」ならダウンロードに限られているというのが現状です。 *2

 つまり、日本では曲を知った → じゃあiTunesで買おう!ではなく、CDを買おう!になるのでiTunesで売上が伸びず、Japan Hot 100に入らなかったという分析ができます。

 

 そしてもう一つ挙げられるのが、「ストリーミングでの宣伝効果」です。

 最初に述べたように、この2曲のヒットのはじまりはPost Maloneの新曲rockstarのヒットになります。rockstarがヒットした結果、まず何が起こったかというと彼の前アルバムStoneyへの再注目です。

 rockstarのヒットともにStoneyのストリーミング数が上昇。リリースからずっとアルバムチャートで少なくとも25位以上には入るなど、元からストリーミングを中心に長く愛されていたアルバムでしたが、これを期にさらにストリーミングが上昇。セールスも少し上昇したことからStoneyはリリースから42週目にして、リリース時と同じ6位までアルバムチャートでの順位を上げています。

 

 そして、今回のこのI Fall ApartはStoneyの収録曲です。つまり、どういうことが言えるか?というと、I Fall Apartはライブ動画+Stoneyの全体的な上昇、という2つもの上昇の要素を持っているというわけです。この2つが相互的に作用した結果、ストリーミングで急上昇。ほんのすこし前までは圏外だった曲が、現在ではSpotify2位!Apple Music3位!まで上昇するに至ったのです。

 

 このストリーミングでの急上昇を受けて、シングル化(=ラジオでかかる)も決定。このストリーミングの急上昇自体がニュースになり、ストリーミングでの隆盛が良い宣伝となりそれがダウンロードにも繋がったと私は考えています。

Post Malone's 'I Fall Apart' Announced As Official Single After Live Performance Goes Viral | HipHop-N-More

 

① ライブの動画はバズったけれど、いきなりはじめて知った曲をダウンロードのはハードルが高い。じゃあまずはストリーミングで聞いてみよう。 (音楽好きだけどI Fall Apart知らなかった人) → おお良い曲だ!ダウンロードしてみようか!

② え?I Fall Apartっていうのがヒットしているの?あんま詳しくないけどとりあえずダウンロードしてみようか (音楽そこまで詳しくないけれど、興味はある人)

 

 ↑は自分が考えたあくまで一例ですが、曲を知る → ダウンロードというハードルの高い過程の間に、ストリーミングが「途中の段階」として入ることにより、無理なく少しずつ規模が大きくなり、最終的に大きなヒットになったということが今回のケースでいえることだと思います。

 

 一方、安室奈美恵のB Who I Want 2 BはYouTubeには上がっているものの、各ストリーミングでは取り扱われていないので、このツイートをきっかけに新アンセムとして「定着」するような動きは見られませんでした。それがバズの割にiTunes で伸びなかった原因の一つかもしれません。(まあ、日本のストリーミングの規模は小さいので、ストリーミングでヒットしても話題にはならないかもしれませんが……) このケースを見ると、日本では音楽は単価が高いぶん、一つ一つを丁寧に扱う傾向があるのかも……???(要分析)

 

 新曲リリースがヒットして、過去の作品への注目が集まるケースは以前からあります。例えば昨年Stressed Out、Rideなどがヒットしたtwenty one pilotsは、それらが収録されたアルバムBlurryface (2015:年間31位 → 2016:年間6位) だけではなく、その一個前のVessel (2015:年間119位 → 2016:年間38位) も上昇。またストリーミングが本格的に来る前の時代でも、Adeleの21(2011と2012で年間1位)ヒットを期にその一個前のアルバム19 (2009:年間62位 → 2010:年間200位圏外 → 2011:年間37位 → 2012年間16位) が上昇するなど、アルバムでは過去の作品への再注目はよくありました。

 ただシングルでの過去作への再注目で、かつここまで目立ち、シングルにまでなった*3 ケースはなかなか見られなかったので、これは「ストリーミング時代の新しいヒットの仕方」と呼べるのではないでしょうか!

 

パターン2 アルバムのストリーミング上昇のみで復活!

 

 I Fall Apartではライブ動画+Stoneyの全体的な上昇が、Hot 100登場の理由でしたが、このGo Flexは後者のみでの登場なのです!

 上記した通り、Stoneyはリリース以降長く人気で、Go FlexはストリーミングでCongratulationsに次ぐ2番人気の座を確保していました。現在はI Fall Apartに抜かれて3番人気となりましたが、その3番人気のGo FlexでもHot 100に入る程度のポイントを稼いでいる、ということなのです!

 

 このGo Flex、元はシングル(=ラジオでかかっている)でしたが、現在はCongratulationsやrockstarに移行しているので、ほぼシングルではない状態です。つまり「アルバム曲」でありながら、ストリーミングのパワーでラジオでかかっているような曲を上回っているのです。

 

 このような事例はアルバムリリースのタイミングではよくありますが(アルバム全部がHot 100に入る事例も一部あります 参考)*4が、リリースから時を経ての(事実上)非シングルの登場というのは、あまり類を見ない登場の仕方だと思います。

 それをほぼ「rockstarのヒットによるStoneyへの再注目」のみで成し遂げた、という点がなんとも興味深いです。

 

この事例における着眼点

 この二つの事例を「興味深い」と述べてきましたが、どう興味深いか?という点(2個)を少しかみ砕いて説明します。

 

 ストリーミングがアルバムを長持ちさせる、という新しい可能性が見えた

 

 ダウンロード等の売上を減らすストリーミングは音楽を殺すのか?…………そんな論調のテーマは多く語られていると思いますが、昨年アメリカではストリーミングの急成長により、音楽産業の成長率がなんと20年ぶりに2ケタ成長を記録。ストリーミングがポジティブな結果を残しつつあります。

 

 アーティスト、特に若い層に人気のアーティストはiTunesでの先行予約にあたる“Pre-Download”だけではなく、Spotifyで予め保存*5を表す”Pre-Saved” という言葉を使い出すなど、アーティスト側からもストリーミングでの聴取を推奨するような記述も見られるようになっています。

(Pre-Savedの一例) 

 

 このようにポジティブな形で定着してきているストリーミングですが、今回のケースでさらなる新しい可能性が見えたように思います。

 ストリーミング(特にSpotify)では新作 / 新曲が出るたびに、それらの再生数が上昇し、リスナーが新リリースを欠かさずチェックしていることが分かります。 しかし、そのように新曲をチェックし続けていると、新しいものを聞くのに精一杯で消費スピードが加速して聞きたいアルバムが溢れてしまわないか?という疑問が生まれます。実際、音楽好きのTwitterでもそのような「嬉しい悩み」が多く聞かれています。

 その消費スピードが早まった末に何が起こり得るか?というと新曲の消費一辺倒になり、過去の作品をゆっくり「味わう」時間が減ってしまうのでは、という危惧です。音楽以外で例えるなら短いヘッドラインニュースのチェックに時間を取られて、まとまった内容の文書をチェックする時間が無くなってしまう、というようなことです。

 

 しかし、この2曲のヒットはその杞憂を吹き飛ばしているような気がします!新曲rockstarが凄まじい再生数を記録すると同時に、さらなる+αの興味を持って過去作品のチェックもしていく……ストリーミングは消費スピードが速すぎる「ミーハー」を増やすサービスではなく、リスナーの興味を増幅させ「マニア」へと進化させる。この過去作品への興味は、そのような新たな可能性が垣間見えたアクションだったように思いました。

 『ソーシャル時代に音楽を”売る”7つの戦略』*6という本でこのような記述がありました。

ネットでは古い/新しいという概念はあまり関係無くて、その時その時に楽しめるかどうかが大事です。

 

 若いストリーミング世代にとっては、「旧譜は出会った瞬間に新譜」になるという現象が発生すると思います。新しい音楽を探求するのも楽しいのですが、このように各リスナーがストリーミングを通して「マニア」と化してそれぞれ思い思いの曲を発掘し、様々な曲がアンセムとして長く愛される……という展開もそれはそれで面白いと思います。

 

② 「音楽から音楽を知る」というネット時代の音楽との接し方

 

 ストリーミングが「新時代のラジオ」の一つになるかも?ということです。かつてmp3ファイルシェアサイトのナップスターが一斉を風靡していましたが、限りなく黒に近いグレーなサイトだったので、後に閉鎖されてしまいました。その「黒」っぷりからよく音楽の売上が減った戦犯のように扱われますが、ポジティブな側面もあったのです。

例えば2000年に”『Kid A』は、発売される数ヶ月前からNapsterで公開され、何百万回もダウンロードされることになった。そして、それまでは、大衆的には無名といっていいイギリスのバンドえあったレディオヘッドが、2000年10月のビルボードでアルバムが第1位となる結果になった。“*7

 のようにむしろナップスターがプロモーションの役割を果たす場面もありました。このような活躍から、

ナップスターは「新時代のラジオ」”*8 

ナップスターは単なる共有サービスではなかった。永遠のデジタルジュークボックスだった。しかもタダだった” *9

のように表現されています。

 

 ストリーミングはナップスターとは違い、違法性は無いですが、上記のような魅力を兼ね備えています。完全にタダではないですが、各ストリーミングは文字通りの永遠のデジタルジュークボックスです。そして、今回のケースでストリーミングは「ラジオ」としてのさらなる可能性も示したと思います。

 

 ここでいう「ラジオ」とは、「知らなかった曲との出会いを提供してくれる」のようなニュアンスで使われていると思います。ストリーミングサービスでは人の作ったプレイリスト経由で知らない曲を知り、それがだんだんと広がりゆくゆくは巨大なヒットになる、ということは最近では定番となりつつあります。特にSpotifyはこの機能が強く、プレイリスト文化が最も進んだストリーミングだと思います。

 今回のGo Flexも同様に、人々がストリーミングで「知らなかった曲」を知り、それがヒットにつながったのですが、実は微妙に従来のケースと違う点があるのです。

 

 上にも登場した『ソーシャル時代に音楽を”売る”7つの戦略』で「音楽の知り方」として3つの方法が提示されていました。

"人から音楽を知る””音楽から音楽を知る””音楽以外から音楽を知る”

 

「人から音楽を知る」は、人から音楽を教えてもらうこと。「音楽から音楽を知る」のは、音楽の情報をつてに新しい音楽を知ること。「音楽以外から音楽を知る」は、例えば映画などのサントラのことです。

従来のプレイリスト経由、今回のGo Flexとでは「知る」手段に違いがあるのです。

 

 従来の「人が作った」プレイリスト経由の場合、あくまで人伝えで情報を入手しているので分類は「人から音楽を知る」になると思います。しかし今回のGo Flexの場合は、rockstar良いな → じゃあPost Malone聞こうか という流れで、「自発的」に「音楽伝えで音楽を知っている」ので、似て非なる音楽の知り方をしている、ということが分かると思います。

 

 上記の『ソーシャル時代に音楽を”売る”7つの戦略』の著者の一人、高野修平は自身の『音楽の明日を鳴らす』*10の中で “Spotify は「音楽から音楽を知る」ミュージックグラフのツールとして非常に期待したい” と述べていて、今回のこのケースはまさにその期待に応えたるかのようなものになっていると思います。

 

 つまり、今回のケースでは「音楽を媒介して、ストリーミングの効果もあって、別のシングルがヒットした」という点が目新しいのです。

 

 

まとめ

 このPost Maloneの2曲の登場は、ストリーミングの新たな「ヒットを生み出す可能性」を提示しているという点でかなり興味深い現象だったと思います。

 また、よく分析してみると、ストリーミングを通じてリスナーがマニアックな方向に進んでいるという点も垣間見えた気がします。

 

 ストリーミングは誕生してから間もないサービスですが、現在とても大きな影響力を及ぼしているので、今後も様々な方面から分析していきたいです。

 

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*1:全体の最多は、Michael Jacksonが亡くなったときの14曲 ※Jackson 5含む 参考

*2:このHot 100記事の”No Roots"の項目でアメリカ、ドイツ、日本のCDリリース状況を比較しています。アメリカでは人気シングルでもCDはリリースされず。ドイツではそこそこCD、日本ではかなりCD。 Hot 100 4/7 見どころ 【謎の日本ブーム?Famous DexとShawn Mendes / ドイツのオルタナ女子】 - チャート・マニア・ラボ (CML)

*3:昨年Ghos Town DJ’s のMy Booがピークを更新する形でHot 100の27位に舞い戻りましたが、シングル化はされず。ただ、ここまでの高い順位で復活したということ、かつ何週かHot 100に残り、音楽として「定着」しかけたことから、今回のI Fall Apartの先駆けと呼べる出来事だったかも。しかし、この曲を「知った」要因という点では違います(後述)

*4:Kendrick LamarのLOVE.はラジオでかからない状態でチャート滞在20週に到達。チャートから外れた後にシングル化されラジオでかかった

*5:オンライン再生だと通信による再生で不安定なため、オフラインでも再生できるようにすること。「保存」といってもSpotify以外の媒体では再生不能。それらは「マイライブラリ」に保存され、あたかもCDの棚を見ているような気分になる(?)

*6:山口哲一・松本拓也・殿木達郎・高野修平 2012 リットミュージック P96 より

*7:高増明 2013『ポピュラー音楽の社会経済学』ナカニシヤ出版 P12より

*8:S・グレイグ・ワトキンス著・菊池淳子訳 2008 『ヒップホップはアメリカを変えたか?』フィルムアート社 P116より

*9:スティーヴン・ウィット著・関美和訳 2016 『誰が音楽をタダにしたのか?』 早川書房 P151

*10:2012 エムオン・エンタテインメント P141より