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Pigeons & Planes が疑問を呈す? ビルボードのストリーミング新ルールとは

※この件に関して情報を調べているうちに、考えていることが変わったので、一部内容を改めました。 (2018/6/28)

 

 10月に、ビルボードは2018年からストリーミングの集計に関して新ルールを設けることを発表しました。

  

 ルール変更を要約すると、「ストリーミングサービスのうち、自由選択型(オンデマンド)のサービスを集計する際、有料会員の再生と無料会員の再生の比率を調整する(有料会員のほうの比重が高い)」というものです。

 

 

 2018年の5月には、この変更が正式発表され、具体的な数値も発表されました。ここで発表された主なことは……

・Hot 100では、広告ありのストリーミングは2/3に減算して集計される

・アルバムチャートでは、広告「なし」ストリーミングは1250再生=1アルバム、広告「あり」ストリーミングは3750再生=1アルバム売上と集計されるように

*1

・この変更は7/14つけの各チャートから適用される

 

 ビルボードはプログラム型ストリーミング(Pandoraなど。○○ラジオを選択し、選曲はサーバー側が行うようなもの)と自由選択型(Apple Music、Spotifyなど・通称オンデマンド)の再生を区別するなどストリーミング集計の中でも細かな調整を行い、「この国で最も人気の曲を提示するためのチャートを作る」という理念にできるだけ近づけるような努力を行っています。

 

 

 しかしその新ルールに疑問を呈したのは、音楽サイトPigeons & Planes です。以下のような記事で新ルールと合わせてビルボードの進む方向性について言及しています。

 この記事で述べていることを要約すると、

ビルボードは『この国で最も人気の曲を提示するためのチャートを作る』と言っているが、その道から外れているように思う。この有料/無料を区別するルールを導入すれば、ストリーミング数が最も多いYouTubeのチャート上の影響力が落ちてしまう。ストリーミング数が最も多いサービスの影響力を下げて、『この国で最も人気の曲を提示するためのチャート』になり得るのか?価格を参考にする新ルールは、最も『人気』ではなく、最も『売れている』曲を提示するチャートになってしまう」

 

 Pigeons & Planes が述べるように、ビルボードのストリーミングの新ルールは「最も人気」の方針から外れたものなのでしょうか?

 

これに対する個人的な見解としては、

ルール自体は適切!しかしビルボード側の説明が少し足りないように思う

 

 です。今回の記事では、このルールが適切な理由と、その説明を私が少し付け足そうと思います。

 

 なぜこのルールが適切なのか?

 

このルール変更を伝えるビルボードの記事内でこのような記述があります。

“The shift to a multi-level streaming approach to Billboard’s chart methodology is a reflection of how music is now being consumed on streaming services migrating from a pure on-demand experience to a more diverse selection of listening preferences (including playlists and radio), and the various options in which a consumer can access music based on their subscription commitment.

 

 この文を要約すると「このルール変更は、人々がストリーミングサービスで”どのように”音楽を消費するかにまで着目し、チャートに反映させようというもの」です。

 

 この文から何が分かるのか?というと、「ビルボードは同じストリーミングでも、サービスごとに聴き方に違いを感じ、さらにルール変更が必要と考えた」ということです。ビルボードは正確なチャートのために個人の細かな動きまで注目しているのです。

 

 しかし、なぜ有料 / 無料に違いが生じるのか。

 まず、分かりやすい点は支払われる値段がかなり違うからです。ストリーミングの代表サービスの一つにYouTubeがありますが、これはよく「稼げないプラットフォーム」と呼ばれています。

 The Trichordistというサイトが各ストリーミングの1再生あたりの収益額をまとめています。

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 この表を見ると、YouTubeは圧倒的に収益額が低いです。この表を引用して記事にしたDigital Music Newsは"Once again, don’t ever expect to make money on YouTube."と小見出しをつけて、YouTubeがいかに稼げないかを取り上げています。

 おそらく、Pigeons & Planesもこの稼げる / 稼げないのポイント「のみ」でこのルール変更が行われたのだと考え、「人気度を測っていないのでは!」と疑問を呈したのだと思われます。

 

 しかし、ルール変更が行われたのはこの点以外にも理由はある、と私は考えています。

 先に述べたようにプログラム型(プレイリスト・ラジオを選んで選曲はおまかせ)とオンデマンド型に違いがあるのは、少しわかりやすいと思います。プログラム型は選曲が自由にできないぶん選曲が受け身になってしまうので、能動的な選曲ができるオンデマンド型と比べて1再生の「重み」が少し違うということが分かると思います。

 個人の動きに注目すると、プログラム型では「なんとなく」でも聴ける可能性があり、プレイリストを探すなど最低限の能動的行動が必要なオンデマンド型とくらべて比率を調整されている、というわけです。まあ、オンデマンド型にある「ラジオ」機能はどう集計しているのかは不明ですが (例:Apple Musicのラジオ

 

 実は、今回有料 / 無料を区別したのもこれに近い理由があると思われます。

 今回の「区別」によって「格落ち」した2大サービスにYouTubeSpotify無料会員が挙げられます。これらはビルボードに「広告支援型無料ストリーミング」と判定され、記事で「格落ち」が明言されています。この2大サービスではどのような音楽の聴かれ方がされているのか?ということを分析していきます。

 

 まずYouTubeから分析していきます。現在Hot 100で勢いのある、HavanaをYouTubeで聴こうとした場合の事例を挙げます。以下の図は、YouTubeでHavanaを検索し、聴いている風景のものです。

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 この図には手書きの数字がいくつかありますが、これは「オススメ」の数を表しています!なぜ「オススメ」の数をピックアップしたのでしょうか?

 まず①の「次の動画を自動再生」から説明していきます。私の場合はこの機能をオフにしていますが、これをオンにするとずっと曲をかけ続けることも可能です。つまり最初の曲さえ選んでしまえばラジオ感覚で使うことも可能なのです!最初に1曲選んでしまえば、残りはプログラム再生ストリーミングと同じような聴き方ができる。つまりこの「オススメ」の数が多ければ多いほど、受動的な選曲ができるようになり、プログラム型に近いストリーミングが実現可能になるのです。先に結論を言いますが、ビルボードはそこに目をつけたのだと思います。この機能を何割のユーザーがオンにしているかは不明ですが、最初は自動でオンになっているので、ある程度はオンにしたままの人もいるのではなでしょうか。(これに関するデータを知っている人がいたら教えてください)

 

 次に②のミックスリストです。先の①の応用編で、次の次など最初から最後までが見えるタイプのラジオです。こちらの選曲もプログラムなので、かなり受動的です。ただ気に入らない曲を飛ばすことなども可能なので、ある程度は能動的な再生で使われる場合もあると思います。

 

 ③。これは閲覧履歴に基づくオススメです。今回の場合は現在ヒット中のHavanaに対してHit Songs Novemberなので関連性がありますが、今見ている動画と全く関係の無い動画がサジェストされることも多々あります。変な動画がサジェストされて、急に見たくなることもあるかもしれません。

 

 ④は新着重視のオススメです。比較的新しい動画に「新着」のアイコンをつけて気を引いています。

 

 ⑤は何かというと、そもそも「オススメ」欄があることに注目しています。関連動画の「オススメ」を辿っていると気づいたら朝になっていた…………というのはYouTubeの醍醐味の一つですねかね?朝にまではならなくても、現代の「時間泥棒」の代表例の一つだとは思います。YouTubeは「オススメ」がかなり強いという印象はあるかと思います。

 ほか、YouTubeには上がっている曲の種類が限られていることからか、先の収益表では、YouTubeは特定の曲にストリーミングが集中することが示唆されています。"Streams Per Songs"のところ(逆に非公式リリースの曲もあったりしますが)

 

 では、今回「格落ち」しなかった全員が有料ユーザーのApple Musicと比較してみましょう。同じくHavanaで検索しました。そして検索結果の1番上を押すだけでHavanaが再生します。これが終わると次の曲がかかりません。次なる「能動」を求められます。一応、下に行くと関連プレイリスト等も出てきますが、「オススメ」があまり前面に押し出されていません。

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 また、シングル単位のページに行っても、そこで「オススメ」されるのは同じくCamila自身のシングル程度で、ここでも「オススメ」がゴリゴリ前面に出てくることはありません。

 

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 つまりYouTubeは「オススメ」がかなり前面に押し出されているため、ユーザーが受動的な再生を繰り返す可能性がある。それは能動的な再生と比べて「重み」が違う。

 そのことにより、YouTubeはプログラム型と同じように比率を下げることにした、という理由もあるのだと思います。

 

 では、Spotifyの無料版についてはどうでしょうか。SpotifyApple Musicと同じオンデマンド型のストリーミングなので、「有料版ならば」機能にそこまでの違いが出ません。同じく基本的に能動的な選曲を経て、曲を再生していきます。Spotifyのほうがプレイリスト重視なので、どちらかというと受動的かもしれませんが。しかし、無料版では話が違います。

 選曲時点では能動的な選択をとるのですが、なんと無料版では「自由に選ばせてくれない」のです!これは、どういうことかというとSpotifyは無料版だと「シャッフルプレイ」しかできないのです。じゃあ、シングル単体を選べば良い?それは再生してくれないです……

(ちなみに、あまり知られていませんが、デスクトップ版アプリならば課金していなくても、普通に課金版と同じように自由に選曲ができます!PC持っている人にはかなりオススメです、これ!)

 つまり、Spotifyの無料ユーザーがお目当ての曲を聴くためには、その曲が入ったプレイリストなりアルバムを選択し、そのお目当てを「引く」まで違う曲を早送りするか聞くかしなくてはならないのです。つまりお目当て以外はしょうがなく聴く「受動的」であるとも言えるのです。もちろん「しょうがない」という意識はなく「偶然の出会いを楽しむ」という意識もあるとは思いますが、受動的であるのは確かだと思います。

 

 ちなみに今年起こったPost Maloneの1年前のアルバムの非シングルが人気になった現象は、Spotify無料ユーザーが一部寄与したかもしれません。大人気の新曲rockstarを聴こうとした無料ユーザーが、Post Malone入りプレイリストを探し、rockstarを引く過程で聴いたI Fall Apartにハマるというような……

 

 

まとめ

 「格落ち」した2大サービスの聴かれ方から、今回のルールの意味合いがおわかり頂けたでしょうか。

 

・基本的には、収益に目をつけたルール変更だと考えられがちですが、それだけではなく「聞き方」にもある程度フォーカスしたルール変更(と思われる)

 

 これがこの記事の結論です。

 つまり、Pigeons & Planesの言うところの「人気曲を提示できていない!」という論は、個人的には「そうでもないかな」と思います。

 「YouTubeでも能動的な奴は多いだろ!」とか、「そもそも能動的も受動的も区別する必要はない!」など、もちろん多少の穴はあるとは思います。

 しかし、個人的には意外なところに目をつけストリーミングのバランスを巧みにとる、調整で、「さすがビルボード」と思いました。

 ただし、比率の変更がかなり大きいので、実際にこの変更が有効かどうかは今後、要観察ですね。

 

 

*1:↑ちなみに広告「あり」の再生数が25%以上を閉めると、かつてよりもストリーミングのアルバム換算が落ちて、逆にそれより低いと、かつてよりもアルバムチャートにおけるストリーミングの影響力が強くなります