チャート・マニア・ラボ

音楽チャート・ポップス研究者(自称) ポップス音楽と食べることが好きなオタク

「Spotifyの上場文書から分かったこと7つ」をチャートマニア目線で分析

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 Spotifyが今年、ニューヨーク証券取引所への上場を果たしました。これに伴い、事業の拡大などが予測されますかね。

 上場した際にSpotifyから 約250ページにわたる文書が提出されました。Pitchforkはそこの文章中の新発見を7つにまとめて記事にしたのです! 


全文書はこちらのリンクから

 

 この「7つの発見」の記事がチャートマニア的に気になる箇所が多かったので個別に分析してみようと思いました。

※3/27 追記 ②の英語和訳にミスがあったので訂正しました。(内容に大きな変化は無いですが、記事にて事実誤認していたので重大なミスだと考えています。多くの人に読んでもらった記事なのに申し訳ありませんでした)

 

7つのポイントを分析

 

① Spotify is still much bigger than Apple Music

“With a presence in 61 countries and territories and growing, our platform includes 159 million [Monthly Average Users] and 71 million Premium Subscribers as of December 31, 2017, which we believe is nearly double the scale of our closest competitor, Apple Music.” 

「まだApple Musicよりも規模が大きい」

  まだApple Musicの2倍程度の有料会員がいると思う。とのことです。アメリカ限定では今年の夏にApple MusicがSpotifyを追い抜くとの予想がありますが、世界的にはどうなるでしょうか?

 

 個人的にアルバム単位・アーティスト単位で聴くリスナーと相性が良いのはApple Musicで、シングル単位で聴くリスナーと相性が良いのはSpotifyだと考えています。

 それぞれのホーム画面(アプリを立ち上げると最初に出ることが多いタブ)*1を見比べると、Apple Musicでは自分が過去にブックマークした音源が出てくるのに対し、Spotifyでは新規プレイリストの「おすすめ」が大量に出てきます。

 「ストリーミング登録を機に新しく曲を知りたい!」という人はSpotify、「もう聴く曲は決まっている!」という人デザイン / 機能上の理由でApple Musicが向いているのでしょうか。

 アメリカでApple Musicが有利?な理由は②でも説明します。

 

② Spotify’s playlists account for almost one-third of streams on the platform

“We now program approximately 31% of all listening on Spotify across these and other playlists, compared to less than 20% two years ago.” 

「プレイリストの利用率は全体の31%」 

 

 これはなかなか興味深いです。プレイリストの利用率が2年前と比べて、20%未満 → 31%と少し上昇しているようです。ただし、思ったよりも少ないということも事実です。もしかしたらApple Musicの登場によって、「それぞれのサービスの違い」にフォーカスが当たったことの結果かもしれません。(Spotify = プレイリストに強みがあるという印象)

 昨年アメリカではDrakeのプレイリスト"More Life"が全曲Hot 100(シングルチャート)に登場して、同一アーティストによる1週間の最多エントリー記録を更新し*2、またイギリスでもEd Sheeranのアルバム"÷"の曲が全部トップ20に入る(そのうち9曲がトップ10に)など、超ビッグアーティストのシングルチャート上位寡占が際立ちました。

 これはストリーミングの効果で、シングル以外の曲も力を持つことによって発生しました。

 リリース直後に多くのリスナーが超ビッグアーティストの音源にアクセスし、再生数が一気に増えることによって発生します。この行動はプレイリストを経由せず、「超ビッグアーティストが曲 / アルバムをリリースした」という「外部情報」を元に成り立っています。

  Spotifyとしては、「アルバム」を聴く手段としてストリーミングを利用することを推奨していない気がします。

 Spotifyが毎週リリースしている"New Music Friday"というプレイリストがあるのですが、そのプレイリストには一つのアルバム or アーティストからは基本的に1曲、多くても2曲程度しか入れておらず、「プレイリストの特性を活かして、いろいろ聴いてみてね」というメッセージ性を少し感じます。

 

 しかし、この各国で発生している一人のアーティストによるシングルチャート上位寡占は多くプレイリストを経由せずに発生している現象なのです。

 

 アメリカではプレイリストの利用率が低い可能性があるかもしれません。

 2017年にアメリカでSpotifyのトップ10を達成した(週間)80曲のうち、なんと53曲が最初からトップ10だったのです!つまり、「だんだん知名度が上がった」ようなヒットが少なめで、ヒットの過半数がリリース時から注目度が高い曲だった、ということです。

 それに対してプレイリスト等などでじわじわ人気を得て上昇したと見られる曲は20曲でした。(残りはアルバムのリリースで上昇した曲 (5)、クリスマス曲 (2)です。) *3

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 これは他国と比べると、「上昇トップ10」の比率が低いです。昨年のイギリスやオーストラリアでは「最初からトップ10」の曲よりも「上昇トップ10」のほうが多かったです。

 アメリカでの「最初からトップ10」の多さは、リスナーがSpotifyにプレイリストを聴きに来ているのではなく、「特定の誰かの曲」や「アルバム」を聴きに来ていることの現れのように思います。このような行動はApple Musicのほうが相性が良く、このような点がアメリカでApple Musicが強い理由なのかな、と感じました。(要研究のジャンルだと思っています)

 この「最初からトップ10」の多さを、最近ストリーミングサービスが「最新曲を聴けるインフラ」と化していると分析できるように思います。

 アメリカでは「アルバム重視」の流れからApple Musicが強くなってきていると推測が出来ます。これが世界的なものになるか、アメリカ局地的なものになるかは分かりませんが、Spotifyが自信のシェアを高めるためには、自身の強みであるプレイリスト機能をいかに魅力的に見せるかでしょう。最近、Spotifyがホーム画面の配置を変えたのはそのような背景があるからでしょうか。

 

※プレイリスト文化を強くするには、「外部の力」もある程度必要だと考えています。例えば、現在音楽メディアで評論をする際は「アルバム」という単位で話が進むことが多いですが、このことによって現在も人々は曲を「アルバム」という単位で聴くことにつながっているように思います。

 例えばPitchforkが、「今週のRapCaviarはこの選曲がナイス!でもこの曲の次にあの曲が来るのは流れ的におかしすぎる。 今週のRapCaviar:5.4点」 みたいなことを言い出せば、プレイリストがアルバムと台頭に渡り合える「媒体」となるような気がします。

 

③ Spotify is earning less money per Spotify Premium subscriber due to student and family discounts

Average revenue per Premium subscriber “declined by 9% from 2015 to 2016 and 14% from 2016 to 2017, in part due to the launch of the Family Plan in 2016.” The launch of its Student Plan also dropped average revenue per subscriber. (The percentage of cancelled Premium subscriptions also fell during those periods.) 

 「ファミリープラン / 学生プランの開始で収益が減った」

 

 その収益減をカバーするためにも上場したのでしょうか? Spotifyはよく以前から「赤字が続いている」と言われているようです。*4

 いかに「収益を増やすか?」「アーティストへの配分を上げるか?」 この2つのテーマは今後もSpotifyについて回りそうです。

 

④ Spotify intends to keep expanding beyond music

“We are an audio first platform and have begun expanding into non-music content like podcasts. We hope to expand this offering over time to include other non-music content, such as spoken word and short form interstitial video.” 

Spotifyは音楽事業以外にも興味がある」

 仮に音楽事業が成功を収めれば、音楽事業のロイヤルティ(分配)向上につながる可能性もありそうです。音楽をメインに扱う企業が他の事業に進出することは、音楽業界自体の拡大にも繋がるかもしれないです。

 近年ミュージシャンがファッションブランドとコラボする事例もありますが、それと少し似ている部分もありますかね。

 

⑤ Spotify plans to take on traditional radio

“We believe there is a large opportunity to grow Users and gain market share from traditional terrestrial radio. ... A migration away from radio broadcasting is likely and it will benefit both consumers and artists alike.” 

Spotifyはラジオに進出するかも?」

 これもかなり興味深いです。アメリカでのラジオ浸透率を鑑みて、Hot 100(アメリカのシングルチャート)では世界的にも珍しく、ラジオをチャートに導入しているのですが、Hot 100では昨年Spotifyとラジオの「ズレ」が一部見られました。

 アメリカのSpotifyランキングでは、ラップ人気の影に隠れる形で、ポップスが上位へ進出することはやや少ないです。ラジオで人気によってHot 100でトップ10に入ったものの、Spotifyでは上位に入らないポップス曲もあります。(例:Scars to Your Beautiful など)

 しかし、その中でも他国のプレイリストなどで人気の新鋭ポップスが存在感を示すケースもあります。Starleyの”Call On Me"、Frenship & Emily Warrenの"Capsize" Jonas Blueの"Mama"あたりでしょうか。ちなみにJonas Blueは近年アメリカで不遇のポップアクトの一人だと思います。 *5

 しかし、これらの曲はHot 100であまり良い成績を残せておらず、Spotifyのピーク順位 > Hot 100のピーク順位となっています。ポップスが苦戦気味のストリーミングを克服した、そのポテンシャルをHot 100では生かせなかったということです。

 これはストリーミングとラジオの温度差が原因かと思います。新人アーティストだからなのか、ストリーミングで人気を得てもラジオにかかるまで少し時間がかかってしまい、ようやくラジオでかかり始めた頃には、ストリーミングでのピークが終盤となり、ラジオでもあまり盛り上がらず終わってしまう……。このようなケースが近年見られるようになっています。 

 最近Hot 100にエントリーしたLauvの”I Like Me Better"は現在、ラジオでピークを迎えたことによってHot 100でも上昇中なのですが、Spotifyでのピークは去年の7月でした。Spotifyでこの曲を早く見つけた人は「え、何でいまさら?」と考えているかもしれません。

 

 Spotifyがどのような形でラジオと関わりを持とうとしているかは分かりませんが、仮にSpotifyがラジオと関わった際には、この「ストリーミングとラジオの熱意の差」を埋めて、ストリーミングで人気を得るポテンシャルのある曲を有効利用して欲しいです。

 時間の差を埋めて、ストリーミングと同時にラジオが伸びれば、世間的なポップス熱を高められるかもしれません。

 

⑥ Spotify has found shortcomings in its accounting and has some work to do in guaranteeing its books are in order

“We identified material weaknesses in our internal control over financial reporting at December 31, 2015, 2016, and 2017… We are in the very early stages of the costly and challenging process of compiling the system and processing documentation necessary to perform the evaluation needed to comply with [the U.S. law on how public companies make sure financial statements are reliable].” 

Spotifyは会計上の欠点を見つけ、現在改善に努めている」

  頑張れ!!💴

 

⑦ Spotify has “even bigger aspirations”

Co-founder and CEO Daniel Ek says in the filing: “We envision a cultural platform where professional creators can break free of their medium’s constraints and where everyone can enjoy an immersive artistic experience that enables us to empathize with each other and to feel part of a greater whole. But to realize this vision, professional creators must be able to earn a fair living doing what they love, where monetization is at the core of a creative proposition and not an afterthought. We care deeply about our creators and our users and we believe Spotify is a win-win for both.” 

 「Spotifyの野望はデカい」

 アーティストとWin-Winな関係になれるように、正当な分配をしたいと考えているようです。ストリーミングの成長と共に、現在世界的に音楽業界の規模拡大が続いているようですが、今後もSpotifyはその成長に寄与できるでしょうか。

 また、人口にはある程度限界があるため、ストリーミングの伸びもいつか限界があるかもしれません。そうなった際、どう切り返すのか?というポイントにも注目したいです。これはSpotifyに限った話ではないですが。

 

 

参考記事





*1:ただし、iOSでの動作確認で、Androidでは動作が違うのかもしれないです。ただし、全体でSpotifyの方がおすすめ量が多いという傾向は確かだと思います

*2:その後自身のアルバム”Scorpion"でさらに更新した

*3:これも記事にしたいテーマでもあります

*4:PANNDORAにしてもspotifyにしても、まだ収益的には赤字の会社なのに、数千億円という価値を見出して、投資家が巨額の投資をしています。結果、そのお金がレコード会社、アーティストへの支払いにも回されている。 山口哲一(2015)『新時代ミュージックビジネス最終講義』 リットミュージック

*5:最近、他国と比べてアメリカで不遇のポップアクトの代表例はRita Oraだと思います。