チャート・マニア・ラボ

音楽チャート・ポップス研究者(自称) ポップス音楽と食べることが好きなオタク

ビルボードの報道の傾向:トップ○○「デビュー」の記録強調に関する疑問について

f:id:djk2:20181016225344j:plain

 

 先日、Lil Wayneがリリースしたアルバム“The Carter V”がアルバム・シングル両方のチャートで圧倒的な成績を残しました。その時のビルボードの報道の仕方について感じることがあったので、記事にしました。

※ ちょっとマニア向けな記事かもしれません。

 

 

Maroon 5 & Cardi B's 'Girls Like You' Leads Hot 100 for Third Week, Lil Wayne Is First to Debut Two Songs in Top Five

 

Maroon 5とCardi Bによる“Girls Like You”が3週にわたりHo 100をリード、そしてLil Wayneは初めてトップ5に2曲をデビューさせたアーティストとなった」

 

 これは先週(2018/10/13)のHot 100のトップ10の内容を伝える記事のタイトルです。この週のHot 100のトップ10は以下の通りです。

 

―1 Maroon 5 feat. Cardi B – Girls Like You

☆2 Lil Wayne feat. Kendrick Lamar – Mona Lisa

▽3 Juice WRLD – Lucid Dreams

▽4 Post Malone – Better Now

☆5 Lil Wayne feat. XXXTENTACION – Don’t Cry

―6 Travis Scott – SICKO MODE

☆7 Lil Wayne – Uproar

△8 5 Seconds of Summer – Youngblood

▽9 Drake – In My Feelings

☆10 Lil Wanye feat. Travis Scott – Let It Fly

 

※ ―=順位キープ △=上昇 ▽=下降 ☆=新登場

 

 このようなチャートのトップ10に対し、ビルボードは2位と5位に注目。そこに「デビュー」という情報を追加し、「初の記録だ!」としています。

 純粋に「トップ5圏内に複数曲」ならば、歴代にいくつでもある記録(例えば、1位・2位同時支配でも歴代で20回以上ある)なのですが、そこに「デビュー」というオプションを付けることで、「史上初」の記録にすることが可能になります。

 ビルボードはこのような○○デビュー(特にトップ10デビュー)に関する記録を重要視しているように思います。

 例えば、この記事の後半では

Lil Wayne becomes the fifth act to have debuted multiple songs in the Hot 100's top 10 simultaneously, joining Ed Sheeran, Drake, J. Cole and Scott.

 と記述し、「トップ10圏内で複数曲がデビューする」ことが特殊な記録と見立て、この記録への「仲間入り」を果たしたとしています。(ちなみにEminemもこの記録を達成しているので、正式には6人目の記録達成)

 他にもビルボード公式が管理するチャート情報発信アカウント、@Billboardchartsではこの「デビュー」に関する細かい記録を発信しています。

 

 

 

 今回、考えていくのはビルボードが「トップ○○デビュー」を強調すること に関する是非についてです。

 まず、「トップ○○デビュー」(特にトップ10デビュー)とはいかなるものか?ということから説明します。

 

・トップ10デビュー

 「トップ10デビュー」とは、Hot 100の登場初週からトップ10圏内にエントリーするということ。アメリカではラジオを通して曲が人々に浸透していき、次第にヒットする……という流れが習慣化しているので、多くの曲はいきなりトップ10圏内では登場せず、次第にチャートを上昇し、何週かをかけてトップ10までに到達するのですが、一部の「曲のリリースだけで注目を集められる」ような超ビッグなアーティストは、そのリリースへの反応(セールス、最近だとストリーミング)で大きく数字を稼いで、いきなりトップ10デビューをすることが可能なのです。

 この現象は1995年頃からいくつか発生しています。以下が1995年~2018年における、「トップ10デビュー」を果たした曲の数です。

 

 

f:id:djk2:20181016225507j:plain

 (※2018年は記事執筆時点での数字)

 

 これらは大きく4つの時代に分けることが出来ると思います。

① 1995年~1998年:ラジオCD分離期

② 1999年~2006年:アメリカンアイドル期  

③ 2007年~2015年:ダウンロード期

④ 2016年~2018年:ストリーミング期 

 

① 1995年~1998年:ラジオCD分離期

 ビルボードはHot 100をかつて「シングル」チャートと捉えており、この時期まではCD、マキシシングルなどの形で「シングルカット」された曲のみをHot 100集計の対象としていました。しかし、このようなシングルカットが「アルバムのセールスと共食いになってしまう」と考え出してアーティスト・レーベルが現れ始めました。

 その対策として、「ラジオで多くかかっているのに、CDなどがない」という手段がとられました。このことにより、ラジオで聴いたあの曲を買うにはアルバムを買わなければいけなくなります。この代表例として挙げられるのは、No Doubtの”Don’t Speak”(ラジオ16週制覇)やGoo Goo Dollsの“Iris”(ラジオ18週制覇)などです。

 本来ラジオ+セールスでバランスよくポイントを獲得しないとHot 100上位にはエントリーしませんが、ラジオで人気な曲がCDカットせず、シングルとみなされずHot 100上位に入らないので、代わりにセールスが高い曲が上位にランクインできたのだと思われます。

※セールスはリリース後すぐ伸びる可能性があるが、ラジオは少しずつしか上昇しない(山なりの孤道を描くように上昇する)

 

 このラジオCD分離現象が目立った1995年~1998年において、多くの「トップ10デビュー」が発生しましたが、ビルボードは1998年末にルールを改定。ラジオのみでヒットしている曲もHot 100に入るようにしたのです。これによってしばらく「トップ10デビュー」は減りました。

 

② 1999年~2006年:アメリカンアイドル期  

 ①で述べたルール改定によって、しばらくは「トップ10デビュー」はあまり見られなくなりました。この時期における数少ない「トップ10デビュー」は主にアメリカンアイドルの曲によるものでした。主に2000年代半ばに人気が高かったこの番組は、多くのアメリカ国民の心を掴み、国民的イベントとなりました。その注目度がセールスに昇華され、関連曲は毎週高い順位でデビューしていました。Clay Aiken、Fantasia、Carrie Underwood、Taylor HicksらはHot 100で1位デビューを成し遂げています。

 ただし、この中には息が長く続かない曲も多くありFantasiaの“I Believe”はHot 100の週間1位に立ちながらも、年間チャートに入れなかった歴代唯一の曲という記録を持っています。

 

③ 2007年~2015年:ダウンロード期

 しばらくは見られなかった「トップ10デビュー」でしたが、iTunesなどダウンロード消費の上昇によって再び増加しはじめます。店頭に出向いてCDを購入することに比べると、ダウンロードは圧倒的にラクな上に安いく、購入のハードルが低いのでその時の「熱狂」がすぐに数字に反映されるということが特徴的です。

 2008年~2013年までは、このダウンロード増加にともない毎年10件以上の「トップ10デビュー」が見られました。しかし、2014年に入り、アメリカにおけるダウンロードが落ちてくると一旦はこの「トップ10デビュー」が減少していきました。

(※アメリカにおけるダウンロードのピークは2012年 ソース:U.S. Sales Database - RIAA

 

④ 2016年~2018年:ストリーミング期 

 このダウンロード減を補ったのはストリーミングでした。ダウンロードと同じように、「手軽さ」が持ち味のストリーミングは、リリース直後の「熱狂」をすぐに反映させることが可能で、2016年には多くの曲がストリーミングのポイントを活かして「トップ10デビュー」を成し遂げました。

 ストリーミングでは従来とやや違うテイストのアーティストが評価されることもあり、2016年に今まで1曲もトップ10に入ったことが無かったJ. Coleが“Deja Vu”がいきなり7位でデビューしたことがその象徴のように思います。

 

 現在もこのような傾向が続いていますが、2018年に入ってからはこの現象が加速していきました。それは、「ストリーミングでのアルバム人気」によるものです。現在(特にアメリカで)ストリーミングでは曲をアルバムで聴く傾向が強くなっていて、ストリーム数がアルバムリリース時にピークを迎えることが多いです。(アルバム聴きに関する調査記事の例です:アメリカのSpotifyのみで「1日100万円」を稼いだ?曲たち ~アルバムの時代?~ - チャート・マニア・ラボ (CML)

 そのことにより、アルバムのメインシングルではない、「一般のアルバム曲」ですらHot 100のトップ10デビューを成し遂げることが可能になったのです!2018年は「一般のアルバム曲」または「アルバムアーティストのシングル」が多くトップ10デビューしたことにより、10/13時点で35件と、今までになく多くの「トップ10デビュー」が生まれました。

 

 

ビルボードの「トップ○○デビュー」(多くはトップ10デビュー)報道について

 次いで、このトップ10デビューをビルボードがどのように報じてきたか、について軽く説明します。この○○デビューが目立ち始めた(と個人的に感じた)のは2017年頃からです。

 2017年の1月、Ed Sheeranが“Shape of You”・”Castle on the Hill”が同時にトップ10圏内にデビューします。これは画期的なことで、史上初の「同時複数曲トップ10デビュー」だったのです。一曲を集中的にプロモーションし、狙ったシングルのDLを高めるダウンロード時代の戦略と違い、曲をリリースすればリスナーが自由に選べるストリーミング時代においては、複数曲が注目を集める場合があります。

 この記録は「ストリーミングの申し子」のようなもので、大変興味深い記録だったと思います。

 しかしストリーミングで「アルバム聴き」が一般化し、この「同時複数曲トップ10デビュー」が頻発するようになり、次第に陳腐な記録となっていきます。2018年5月に起こったJ. Coleによる「史上最多の同時3曲トップ10デビュー」は少し面白かったですが、連日ビルボードによって報道される「珍しい複数トップ10デビュー!」のようなものに私は少しずつ疑問を持つようになりました。たしかに、歴代では珍しい記録ですが、最近ではかなり陳腐な記録だからです。

 そして、今週の「Lil Wanyeが史上初のトップ5複数デビュー」でその疑問がかなり大きくなったので今回その件についてまとめようと思ったのです。なぜそこまで「デビュー」の記録にこだわるのか?と感じるのです。

 

 

論点

1 複数の要素を組み合わせすぎたニッチな記録であること

 「Lil Wanyeが史上初のトップ5複数デビュー」 この記録は「史上初」ですが、「デビュー」という言葉を取ってしまうと一気にありふれた記録になります。デビューにこだわらなければ、1位2位同時支配の記録でさえ歴代で20件以上あったので、時期にこだわらない「トップ5に複数曲」はそれ以上に多く存在することが分かります。

 さらには、トップ“5”という概念を使っている点もやや気がかりです。今までデビュー関連はトップ10で情報をまとめて来たのに、いきなりトップ”5”デビューという概念を生み出したのです。「トップ10に4曲デビュー」だと今年Drakeも達成した記録で、史上初にならないので、トップ“5”にしたのだと思われます。

 つまるところ、この記録は「デビュー」と「トップ“5”」というややイレギュラー基準を二つ持ち出して生み出されたニッチな記録というのが私の感想です。トップ“5”の方だけならばまだしも、「デビュー」というここ数年のみに頻発する基準を使って「歴史的記録!」というのは、記録を必死に「作りに行っている」という印象を受けました。

(トップ5だけならばそこまで違和感は覚えません。ただ、デビューと組み合わさると変に感じます。)

 

 この記録が史上初で、今までに見られていないような音楽の聴き方がされているのは事実ですが、記録がニッチに絞られすぎていて「史上初で歴史を作り上げた!」と言われるとオーバーな表現なように感じてしまいます。

 

 

2 アルバム曲その3、4あたりはチャートに残る「体力」が無いことが多い

 2018年に「トップ10デビュー」が増えたのは、「アルバム聴き」が強いことが理由であると説明しました。それによって「非シングル」でもトップ10に入ることができるのですが、「非シングル」はアルバムリリース以降「放置」されてしまうので、アルバムリリースされてから時間が経つと順位をどんどん落としてしまうのです。 

 ストリーミング数はアルバムリリース直後にピークを迎えますが、時間が経つと少しずつ再生数が落ちていきます。それを対策するために人気曲は「シングル」にしてラジオ・ビデオなどを駆使して人気キープに務めます。しかし、何曲もシングル化できないので、アルバムリリース時に複数曲が人気だったとしても、結局長く生き残るのは1~2曲だけということも多いです。

 例えば、先週Lil Wayneの曲が2位、5位、7位、10位でデビューしましたが、今週のチャートでは全てトップ10圏外に落ちてしまいました。このれはかなり下降の具合が激しいケースですが、そうでなくともアルバムの2番人気以降はシングルに選ばれないことも多く、最終的にチャートに残る「体力」が無いケースが多いのです。

(追記:5位デビューの”Don't Cry"は3週の滞在、10位デビューの”Let It Fly"は2週の滞在でチャートを後にした)

 

 そしてビルボードは、チャートを「今後伸びる曲を発見するツール」とみなしているのか、これから落ちていく曲に注目することがあまりありません。

 個人的には曲がチャートを落ちた時、最終的にどのような成績だったのか?ということを振り返るのは大切なことだと思っているのですが、ビルボードがこれをやることはめったにありません。(年間チャートくらい)

 デビュー時は大きく報じられるような高い順位で登場するものの、最終的にはそこまでヒットにならないケースが増えてきているのです。そして、ビルボードはその「最終的にどうだったのか」ということにほとんど注目をしないので、報道上では「その曲はヒットのままで終わった」ということになってしまいます。

 

 このように記録を大いに盛り上げるのは良いですが、それならば「最終的にどうなったのか?」ということをセットで報じる必要性が高いと感じています。

 幸い、年間チャートでは「最終的にどうなったのか?」ということを分かりやすく理解できるので、チャートが乱高下する昨今において、年間チャートの重要性が高まっていると私は感じています。(年間チャートの発表は毎年12月半ばです。 ちなみに今年は週のトップ10に入りながらも、年間チャートに入らない曲が歴代最多になるのでは?と考えています)

 

 他にこの問題を解決する方法として、「チャートのルール改定」も手段として存在します。

 Hot 100の集計においてラジオの比重を上げて、新曲がいきなりトップ10に入りづらくする、という方法です。これならば後に落ちる曲が初週のみトップ10に入る、のようなことが減ると思います。

(この問題を鑑みずとも、近年急落しているDLがHot 100では最重要の項目になっているので、比率を直すことは重要だと思っています。 数字が低いのにも関わらず、最重要視されているので、相対的に少ない労力でチャートを動かすことができる)

 

 

さらなる考察

 

 ビルボードのHot 100集計比率など、チャートに関してはよく練られていると感じることが多いですが、そのせっかくのチャートをうまく報道できていないな、と個人的に感じることが多いです。

 今回記事にした○○デビュー以外にも、重要なチャートの3位よりもマイナーなチャートの1位を優先して報道する点、チャートを上昇する曲「のみ」に注目してチャートを落ちる曲には注目しない点など、ビルボードのチャートの報道の仕方には疑問符が付く部分もあります。

 今回の「トップ○○デビュー」以外にも、ビルボードは頭をフル回転させ、さまざまな制約をつけて意地でも”First”、つまり「史上初」を付けにいこうという姿勢が伺えます。そうやって大きく「盛った」ほうが注目を集めるからだと思います。

 

 私は音楽チャートを信頼し、ビルボードのことをまるで学術機関のように扱っていますが、ビルボードはその前に「金を稼がなくてはいけない企業」でもあるのです。そのことから、記事を通してアクセスを稼ぐ必要があり、記録をうまく盛り上げることは大切なことなのです。注目を集めないことにはチャートが存続しない、という未来もあるのかもしれません。

 

 でもそれはやはり、せっかくのチャートを活かせていないように個人的には感じることもあり、1マニアとしては不満を感じることもあるのです。(私が考えすぎな気もしますが。オタク特有の早口……)

 その熱量を記事執筆等に変換し、私はこれからも「チャートはこう見ると良いですよ!」のような活動を地道に続けていきたいと思います。

 音楽チャートはどれも複雑で難しいなと思うこともあるのですが、それが逆に面白さに繋がっている部分もあるとも思います。このブログ等での発信を通じて、何かのきっかけになれば幸いです。

 

 

・おまけ 今年ビルボードTwitterで「歴史的」と称した出来事一覧

 

 ビルボードTwitterで何を「歴史的」と称したかを調査しました。ビルボードのツイートで”History”の入ったツイートを抜き出し、そのうちチャート関連の物を取り上げました。

 Drakeのアルバム関連の記録が入っていないなど、全部の記録をHistoryと称している訳ではないようですが、この“History”として取り上げているものを見ることで、ビルボードは何を報道したがるのか?ということが垣間見えるように思います。

 

 

・Lil Wayne 史上初のトップ5に2曲デビュー (2回配信)

Carrie Underwood女性カントリー歌手として最多のアルバム1位

・Drake 同じ年における累計1位週数を更新 (29週)

Eaglesの“Their Greatest Hits 1971-1975”が史上最も売れたアルバムに

・Meant To BeがHot Country Songsでの1位滞在が歴代最長に (2回配信)

・Meant To BeがHot Country Songsでの1位滞在が歴代最長タイに

・Camila Cabelloが史上初めてデビューアルバム最初の2シングルでPop & Adult Pop系ラジオを制する

・BLACKPINKが韓国語で歌うガールズグループとしては初のHot 100

・Florida Georgia Lineが史上初めてHot Country Songsのトップ10に3曲エントリー 

Kanye Westが歴代最長タイの8連続アルバム1位 (後にEminemに抜かれる)

・Imagine Dragonsが史上初めてアルバムから3曲がAlt、HAC系統のラジオ両方を制す 

・Meant To BeがHot Country Songsでの1位滞在がデュオで歴代最長に(2回配信)

・Imagine Dragonsの曲が4曲1年以上Hot 100に滞在=史上最多

・J. Coleが史上初めてトップ10圏内に3曲が「デビュー」する

BTS・EXO・NCTがSocial 50トップ3支配。K-Popがトップ3を支配するのは史上初

BTS・EXO・Wanna One・Got 7 4組がSocial50のトップ10に入る (3回配信)

・Bruno MarsがUsherを抜いて男性としてラジオ最多1位を記録 (2回配信)

・MigosがHot 100に14曲同時エントリー グループとして史上最多タイ

・Cardi B、最初のHot 100エントリー3曲が全てトップ10入り (ラッパーとして初)