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BROCKHAMPTON、アルバム1位から3週後に圏外へ? アルバム1位の「その後」

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 10/6付けのUSチャートでBROCKHAMPTONがアルバム1位を獲得!初のアルバムトップ10、並びにHot 100登場歴の無かったインディー寄りのアクトのアルバム1位ということもあり、驚きとともに多くのメディアや人に取り上げられていたように思います。(例:普段はそこまでチャートを取り上げないPitchforkが取り上げていた)

 

 では、それから3週間が経過した現在はアルバム何位になったでしょうか?3週前がアルバム1位なので、現在は20位程度??? 実はこのアルバム、現在は「200位圏外」なのです。このアルバムは1位を獲得後、→88位→195位→圏外と推移しており、今週アルバムチャートから外れてしまったのです。

 

 なぜ、ここまで急激にアルバムチャートを下降していったのでしょうか。そのヒントがビルボードのBROCKHAMPTONアルバム1位を報じる記事に書いてあります。

Of Iridescence’s 101,000 units, most were in album sales: 79,000, as noted above. The remainder was comprised of SEA units (22,000) and TEA units (a negligible figure).

 

 Iridescenceの売り上げ10.1万のうち、7.9万がセールスで、2.2万がストリーミング、シングルDLはほぼ0に近いです。(※現在のアルバムチャートは 実セールス+ストリーミング+シングルDLで計算される ストリーミングは約1350*1=1枚、シングルDLは10=1枚で計算) 

 

 さらに、このセールス7.9万に関して詳しい説明があります。

 

Iridescence’s first-week sales were supported heavily by an array of merchandise/album bundles sold via Brockhampton’s official website.

 

 Iridescenceの初週売り上げのほとんどは、Brockhamptonの公式サイトを通したグッズ/アルバムのセット販売によって計上されています。

 「グッズ/アルバム」のセット販売とは???これは、公式サイトからTシャツなどのグッズを買うと、おまけで音源も付いてきて、ファンはグッズも買いつつ、チャートにも貢献できるからお得だね~~というシステムです。

 

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 これは、そのセット販売のうちTシャツの販売画面です。「BROCKHAMPTONのTシャツ(ネイビー色)+デジタル音源」と書かれており、このシャツを買うとデジタル音源も入手できるものと思われます。

 個人的にここで気になったのは値段です。Tシャツの値段15$は「普通」という点です。来日公演で売っているアーティストのTシャツはもっと高い気がするので、むしろ「安い」とも考えられそうです。(USのAmazonでTシャツを検索しても15.00$前後の価格で販売されている)

 その「普通」または「安い」価格のTシャツのおまけとしてデジタル音源が付いてくるので、捉えようによってはデジタル音源を「タダ同然」と考えることも可能です。ストリーミングが浸透した今日、デジタル音源に価値を見出す人は少ないだろう、という考えに基づいているのでしょうか。

 これに似た戦略として「チケット付きアルバム」というものがあります。これはツアーのチケットを買ったらアルバム(音源またはCD)がおまけに付いてくる、というものです。この場合はその分安くなる場合もあれば、その分チケットの値段に上乗せされているケースもあるようです。(そもそもツアーのチケットの値段に関する説明が細かくされるわけではないので、どのような内訳かは不明)*2

 

 なぜこのような形式で音源が販売されているかというと、ストリーミングが強いアーティストに対抗し、アルバムチャート争いを有利に進めるためです。

 2014年末からビルボードはアルバムチャートに、シングルDLとストリーミングを集計に導入しはじめました。最初のうちは大きな影響はありませんでしたが、次第にアルバムをストリーミングで聴く習慣が浸透。2016年のDrakeの“Views”あたりからその傾向が顕著になり、リリースから時間が経ったストリーミングで人気のアルバムがずっとアルバム1位を支配することが増えていきました。

 そこに対抗するために2017年半ばから確認されたのが「チケット付きアルバム」という戦略です。これによってストリーミングで数字を稼げないアーティストでもツアーに来るファンさえいれば安定してアルバムを売ることが可能になり、アルバム1位を取りやすくなったのです。その発展形として2018年頃から登場したのがグッズ戦略です。

(これらの流れについては↓の記事に詳しく書きました)

 

 ただし、「チケット付きアルバム」または「グッズ戦略」のような形式でアルバムを売った場合、その恩恵を受けられない2週目以降にセールスがガクッと落としてしまうというデメリットもあります。

 以下はアルバム1位の翌週、最も順位を落としたアルバムランキングなのですが

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 この1位~9位のうち、「クリスマス向け」という時期的な制限がある”Pentatonix Christmas”以外は全て「チケット付き」または「グッズ戦略」のアルバムで、この戦略を用いるとアルバム1位を獲得しても、翌週に落ちるという傾向が読み取れます。

 BROCKHAMPTONもこのパターンに当てはまり、早急にアルバムチャート圏外に落ちてしまったのです。*3

 

 この記事では、今年のアルバムを売れ行きの内訳の種類別に分類し、その後アルバムチャートの順位推移をとるのかの比較を行いたいと思います。(※セールスの数字や戦略についてはビルボードの記事を参考にしています。 ウィキペディアのページのソース(ref.のところ)から辿ると分かりやすいと思います List of Billboard 200 number-one albums of 2018 - Wikipedia

 アルバムチャートの推移を比べる際は、「セールスが同規模」のものを採用してできるだけ比較しやすいようにしています。

 

1 BROCKHAMPTONと同規模のアルバムたち

 

 じつはBROCKHAMPTONのアルバムは、今年1位を獲得したアルバムの中で最も指数が低いです。

(アーティスト名 – アルバム名 初週セールス 特徴)

・Logic – Bobby Tarantino Ⅱ 11.9万 =ストリーミングが強い

・Jack White - Boarding House Reach 12.0万 =チケット付きCD

・BROCKHAMPTON – Iridescence 10.1万 =グッズ戦略

 

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※縦軸がアルバムチャートの順位、横軸がチャート登場週数

 

 売り上げをチケット、グッズ戦略で稼いだ2つのアルバムは短命に終わってしまいましたが、ストリーミングで数字を稼いでいたLogicは10週目でもアルバムチャート50位以内に踏みとどまっています。基本的に音源は1度購入すればそれで終わりなので、2週目以降も繰り返し再生できるストリーミングが強いのは自然な流れなのでしょうか。

 

 

その2 大規模アルバムの比較

・Cardi B – Invasion of Privacy 25.5万 =ストリーミングが強い

Justin Timberlake – Man of the Woods 29.3万 =一般的なセールス

Dave Matthews Band – Come Tomorrow 29.2万 =チケット付きCD

 

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 続いて規模の大きいアルバムのその後を比較しようと思います。落ちるまでの速度がゆっくりのため、20週まで動向を追いました。

 チケット付きCDでかなりのセールスを上げたDave Matthews Bandですが8週目でチャート圏外という憂き目に。セールスの規模が大きくても、チケットに頼る部分が大きいとこうすぐに圏外に落ちてしまうのですね。

 そしてJustin Timberlake。これは特別な戦略を用いず、ストリーミングの比率もそこまで高くない、いわば今まで想定されてきた「一般的なセールス」です。初週の高い注目もあり、最初のほうは高い数字をキープするものの、徐々に失速。20週目にはついにチャート圏外に落ちてしまいます。

 最後にCardi B。ストリーミングで人気だったこのアルバムは常に高い順位をキープ。なんと20週目まで全ての週でアルバムチャートのトップ10に留まり続けました!

 このJustin TimberlakeとCardi Bの違いは、ストリーミングの人気具合の違いだけではなく、「ヒットシングルが出たかどうか」も影響していると考え、次の項目ではそれらにも触れて比較してみようと思います。

 

 

その3 多種多様なアルバムの比較

Fall Out Boy – MANIA 13.0万 =一般的なセールス

BTS – Love Yourself:Tear 13.5万 =ファンベースが独自

・XXXTENTACION - ? 13.1万 =ストリーミングが強い

5 Seconds of Summer – Youngblood 14.2万 =チケット付きアルバム ヒット曲あり

Paul McCartney – Egypt Station 15.3万 =チケット付きアルバム ヒット曲なし *4

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 早々に脱落したのはPaul McCartneyFall Out BoyPaul McCartneyは言わずとしれた超大物ですが、近年のアルバムではUSのアルバム1位を獲得しておらず、今回のアルバム1位はチケット付きアルバムによる恩恵が大きいという見方ができます。そのことから、チケット付きアルバムの効果が消えた3週目以降はどんどん数字を落としてしまいました。

 Fall Out Boyは一般的なセールスですが、早めに脱落。特別な戦略を行いませんでしたが、固定ファンのみがアルバムを購入し、ストリーミングでその後人気が出ないという意味で、「チケット付き」などの戦略と似たような消費のされ方をしたのかもしれません。

 

 一方、ここで新しい発見があるのは5 Seconds of Summer。チケット付きアルバムの恩恵を受け、The Cartersを打ち破ってアルバム1位を獲得した彼ら。2週目は1位から10位まで順位を落としたものの、その後は安定。これはヒットシングル”Youngblood”の効果が大きそうです。

 アルバムからヒットシングルが出れば、そのシングルが媒介となりアルバムの宣伝になるだけではなく、曲をシングル単位で消費していたとしても、そのDLやストリーミングはアルバムチャートにも集計されるので、ダブルでお得なのです。

 

 そしてBTS。セールスの比率においてはJustin TimberlakeFall Out Boyなどと同じ「一般的なセールス」なのですが、強固なファン層の効果もあってか以降も高い数字をキープ。他と比べると少し特殊な事例なように思います。(このアルバムは初週、ストリーミングでも一定の人気がありました。固定ファン以外にもかなり届いたのかもしれません)

 

 最後にXXXTENTACION。他のストリーミングで人気のアルバム同様、2週目以降も高い数字をキープしています。ちなみにXXXTENTACION逝去前の数字なので、この10週目までは逝去による再注目の効果は含まれていません。

 

 

・まとめ

 これらのケースをまとめると、ストリーミングで人気のアルバムは長持ちするが、チケットやグッズ販売で売り上げを伸ばしたアルバムは(相対的に)短命に終わってしまうという傾向を読み取ることができました。ただし、ヒットシングルがあるとチケットやグッズ販売に頼っていたとしても、長持ちするケースもあるようです。

 これらのことから、今日ではアルバムがストリーミングで高い支持を受けた上でヒットシングルを飛ばすのがアルバムの売り上げを伸ばす最適解であると考えられます。昨年アルバム年間1位に輝いたKendrick Lamarの“DAMN.”はこの2つの条件を満たしています。

 

 アルバム1位を獲得したとしても、その後の順位の推移はアルバムによってバラバラなので、「アルバム1位を獲得した!以上!」で終わらず、その後の動向も追うと面白いかもしれないです。(年間チャートではそれらの総合的なヒットを分かりやすくつかめるので、オススメです)

 

年間チャートが発表されたので、今回取り上げたアルバムが何位だったか記載しておきます。

 

比較1

Logic(ストリーミング) →年間64位
Jack White(チケット) →年間200位圏外
BROCKHAMPTON(グッズ) →年間200位圏外

 

比較2

Cardi B(ストリーミング) →年間6位
Justin Timberlake(通常) →年間46位
Dave Matthews Band(チケット) →年間95位

 

比較3

Fall Out Boy(通常) →年間198位
BTS(ファンベースが独自) →年間101位 
XXXTENTACION(ストリーミング) →年間9位
5 Seconds of Summer(チケット+ヒット曲あり) →年間72位
Paul McCartney(チケット+ヒット曲なし) →年間175位

 

・さらなる議論 ~チケット付き / グッズ戦略がアルバムチャートから外れる可能性~

 ここ1~2年で加速するチケット付きCD or 音源、アルバムグッズ戦略ですが、この戦略で売ったアルバムがチャートに集計されなくなる可能性もゼロではないと考えています。

 BROCKHAMPTONのTシャツのケースでは、値段から考えて音源はゼロに近い感覚で手に入れられると考えられます。この「ゼロに近い」ということが実はチャートにおいて「値段制限」という観点からグレーなのです。

2011年 Lady Gagaはわずか0.99$という値段でアルバム“Born This Way”を販売。(Amazon限定) その安さに多くの人が食いつき、アルバムは爆発的な売り上げ(約111万)を記録。

 しかしその動きをビルボードは宜しくないと捉え、以降アルバムチャートに反映される「セールス」は3.49$以上の作品に限る(初週のみ適用)、というルールを制定しました。

 

 このチケット付き / グッズ戦略は捉え方次第では、この3.49$を破っているという見方もできるので、今後チャートで制限がかかる可能性も否定できません。

 

 どちらにせよ、近年のアルバムチャートは純粋に売り上げだけではなく複数の要素が絡んだ、「アーティストの総合力が問われるチャート」になっている印象があります。

 

 

                                                                                                    

*1:ストリーミングの無料会員・有料会員で指数が違うなど複雑な計算がされている

*2:CDを買ってチケット先行購入権が手に入る、のような場合もあるようです

*3:ただしこのパターンのアルバムとしてはストリーミングが若干高めです。しかし、そのストリーミングも長続きせず。初週にストリーミングの数字が伸びていたのはSpotifyのNew Music Fridayの表紙を飾るなどの宣伝効果を受けてのものだったのでしょうか?

*4:一応ですが、Paul McCartneyの「ヒット曲なし」はこのアルバムからは、という意味です。念の為……