チャート・マニア・ラボ

音楽チャート・ポップス研究者(自称) ポップス音楽と食べることが好きなオタク

2018 ドイツの年間チャートを5つのポイントで見る

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↑ドイツの年間チャートで人気だった人たち

 

 実は音楽市場規模がかなり大きい国……ドイツ。その音楽市場はイギリスを少し上回り、世界3位の規模を誇ります!

https://www.riaj.or.jp/riaj/open/open-record!file?fid=1638

 しかし言語的な問題なのか、あまり注目されていないようにも感じます。そんな「知られざる音楽市場3位の国」ドイツの2018年間シングルチャートを見ながら、傾向や特徴を探っていきたいと思います。

 おそらく、ドイツのチャートと言っても馴染みのない方が多いと思うので、まずは年間のトップ10を紹介したいと思います。 

 

1 Dynoro & Gigi D'Agostino In My Mind
2 Ed Sheeran Perfect
3 Bausa Was du Liebe nennst
4 Calvin Harris & Dua Lipa One Kiss
5 Dennis Lloyd Nevermind
6 El Profesor Bella ciao (Hugel Remix)
7 Namika feat. Black M Je ne parle pas français (Beatgees Remix)
8 Clean Bandit feat. Demi Lovato Solo
9 Marshmello & Anne-Marie FRIENDS
10 Luis Fonsi & Demi Lovato Échame la culpa

 

 ヨーロッパを中心にヒットしたダンスリミックス“In My Mind”が年間1位。それに続くのはEd Sheeran、Bausa、Calvin Harrisです。ほかDemi Lovatoが2曲でランクインしている点も目を引きます。

 この中で主に認知度が低い曲は3位、6位、7位だと思います。たしかにこれらの曲は全てドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイスあたり)でしかヒットしておらず、ドイツ圏ウォッチャーでないと認知されないと思います。

 3位の“Was du Liebe nennst”はラッパーBausaの大ヒット。昨年後半からストリーミングで凄まじい人気を誇り、2017年の年間チャートでも8位に入っていた超ロングヒットです。ラップに適度なポップさも加えたいわば「ドイツ版”God’s Plan”」という感じの曲です。

 6位の“Bella Ciao”は特殊な出で立ち。もともと1943年に反ファシズムのアンセムとして歌われていたイタリアのフォークソングを、スペイン人俳優が映画でカバー。それをさらにイギリス人プロデューサーがリミックスしたものがドイツで大ヒット……という経緯でヒットしました。

 7位の“Je ne parle pas français”という曲名はフランス語で「私はフランス語を話しません」という意味。メインのドイツ出身女性シンガーNamikaのパートはドイツ語ですが、客演のフランス出身のラッパーBlack Mのパートはフランス語です。

 

 ……などがヒットしているドイツの年間チャート見て、そこから分かる5つのポイントについて書いていこうと思います。

 

ドイツの年間シングルトップ100は↓から閲覧できます。

https://www.offiziellecharts.de/charts/single-jahr/for-date-2018

 

 

※この記事を書いているのは2019年ですが、記事上では便宜上今年=2018年とします。

 

・ラッパーが人気? 多くチャートインしたのは……

 まずは年間トップ100に誰が多くの曲を送り込んだのか?を見ていこうと思います。

 

6曲 Capital Bra

5曲 Raf Camora

4曲 Marshmello

3曲 Bonez MC、J Balvin、Post Malone、Ed Sheeran、David Guetta、Dua Lipa

 

 うちCapital Bra、Raf Camora、Bonez MCはドイツ語圏で活躍するラッパーです。ドイツでもラッパーたちがヒットを連発し、USのようにラップがチャートを席巻しているのです。

 特に人気が際立つのはCapital Braです。”5 Songs in einer Nacht”で初のシングル1位を獲得した後、破竹の勢いでチャートを支配。2018年だけでなんと8曲もの首位を獲得しました!(週間1位を獲得したシングルは以下の通り)

 

・Capital Bra feat. Ufo 361 – Neymar (年間15位)

・Capital Bra feat. Juju*1 – Melodien (年間24位)

・Capital Bra – One Night Stand (年間26位)

・Capital Bra – 5 songs in einer Nacht (年間55位)

Bushido feat. Samra & Capital Bra – Für euch alle (年間79位)

・Capital Bra – Berlin lebt (年間88位)

・Capital Bra feat. Luciano & Eno – Roli Glitzer Glitzer 

・Capital Bra – Benzema 

※下2つは年末のリリースだったため、今年の年間チャートには入らず

 

 1年で8曲もシングル1位を記録するということはとても珍しくて、歴代で最多の記録だそうです。今までの最多は1年間で4曲の1位(1969年のThe Beatles、1976年のABBA)だったので、今回の記録の凄さ、または時代の変化が伺えます。

 またCapital Braはこの1年間で、累計1位シングル数でも歴代3位(タイ)に躍り出ています。彼よりも1位曲数が多いのは、これもまたThe Beatles(12曲)とABBA(9曲)です。

 このように2018年、輝かしい記録を多く打ち立てたCapital Bra。しかしそれと同時に注目したいのは年間チャートでの順位です。Capital Braは週間シングル1位を連発する大人気アクトながらも、年間チャートではトップ10に入りませんでした。

 これらの1位シングルは全てSpotifyでは首位になった一方、iTunesでは逆に一つも首位になっていません。ストリーミングでの人気と比べるとDLが少し足りないのです。このポイントの偏りによってストリーミングの流行変化の早さの影響をもろに受けて、ピークの勢いをあまり保てないのかもしれません。(つまりストリーミングリスナー以外の間ではあまりヒットしていない可能性がある、ということ)来年以降はこの傾向が改善されるのか?にも注目です。

 同じく今年活躍したラッパー、Raf CamoraとBonez MCも今年複数の1位シングルを獲得(“Kokain”、”500 PS”)この2組はよくタッグを組むことが多く、この2曲はいずれも2組のタッグ曲です。

 ほか上記の「年間チャートに多く送り込んだ~」には入っていませんが、Capital Braのレーベルメイトで、日本愛を感じる名前のラッパーBushidoや、“Magisch”が年間11いのヒットとなったOlexsh、Instagramでのスターからラップに転身するというCardi B風キャリアを持ちながらも、Nicki Minajを連想させるフレーズを多く曲に挟む女性ラッパーLoredanaなど、多種多様なスターが台頭しています。

 

 ラップに関して、もう一つの注目ポイントがあります。それは出自がそれぞれ多種多様ということです。今年大活躍のCapital Braの生まれはドイツではなく、ロシアです。後にドイツに移住しています(あとなぜか“Neymar”、”Benzema”とドイツ代表ではない選手を曲名にする)

 Raf Camoraもドイツではなく、オーストリアのラッパーです。ほか今回紹介したLoredanaもスイス出身です。ドイツは他の近隣各国も巻き込んだ「一大ラップ拠点」なのかもしれません。

 

 

・ラップは地元、ポップスは輸入

 

 今年の年間シングルトップ100曲のジャンル別内訳を見ると、ラップが34曲、ダンスが28曲、ポップが27曲、ロックが6曲、ラテン5曲でした。様々なジャンルが人気です。※ジャンル分けはビルボード準拠です。*2

(比較:アメリカだと ラップ/R&B:50、ポップ:28、カントリー:9、ロック:5、ダンス:4、ラテン:4 でした)

 

 それらをジャンル別にドイツ語圏発のヒット or グローバルヒットかで区別すると……*3

 

ラップ:ドイツ圏23、グローバル11

ポップ:ドイツ圏9、グローバル17

ダンス:ドイツ圏5、グローバル23

ロック:ドイツ圏0、グローバル6

ラテン:ドイツ圏0、グローバル5

 

 ジャンルごとに違いが出ました。ラップのみではドイツが有利ですが、他のジャンルではグローバルヒットのほうが多いです。全体の比率はドイツ圏:37、グローバル:63です。

 このことから、ドイツの傾向をざっくり言うと「ラップは地元、ポップスは輸入」となると思います。ちなみに、歴史を紐解くと歴代の1位シングルの言語別割合は以下のようになるようです。(ウィキペディア情報)

英語       :482曲

ドイツ語 :207曲

歌なし    :17曲

スペイン語:9曲

フランス語:7曲

イタリア語:5曲

ポルトガル語:2曲

韓国語、ヘブライ語ルーマニア語:1曲

(参考: List of number-one hits (Germany) - Wikipedia) 

 

 どうやら、以前からグローバルヒットが優勢な流れは続いていたようです。フランス語、イタリア語など少し珍しい言語の曲も多く1位を取っているのは特徴的ですね。今後もこのグローバルヒット・英語曲有利の傾向が続くのか、それともラップ台頭でドイツ語曲が勢力を伸ばすのかに注目です。

 

・EDM人気健在!

 上の項目のジャンル別割合で気づいた方も多いかと思いますが、ドイツでは非常にダンス系の人気が高いようです。

 今年の年間1位はリトアニア人DJのDynoroによるGigi D’Agostinoのダンス名曲アレンジ“In My Mind”。ほか個人に目を向けるとMarshmelloが4曲、David Guettaが3曲と多くの曲を年間チャートに送り込んでいます。

 アメリカでは今年4曲しかEDMが年間チャートにランクインしなかったことを考えるとドイツにおけるダンス系の人気は際立つと思います。

 ダンスヒットはグローバル圏からの流入が多いですが、一部ドイツ出身のDJも活躍しています。その中でも活躍度が高いのはRobin SchulzとFelix Jaehnの2名です。

 二人ともブレイクしたきっかけはリミックスです。Robin SchulzはMr. Probzの“Waves”、Felix JaehnはOMIの”Cheerleader”をリミックスし、世界的な大ヒットに導いたことから地元ドイツでの存在感が急浮上。ヒットを連発するようになりました。

 特にRobin Schulzのここ数年の活躍は目を見張る者があり、ブレイク以降(2014年~)で9曲のトップ10シングルを輩出しています。

 Felix Jaehnもトップ10シングル数は4つとRobin Schulzほどではないですがヒットをいくつか生み出しています。ちなみに今年年間チャートに入った“Genie”は週間のピークは40位でした。(ロングヒットだったため、年間チャートに入ったとみられる)

 

・意外なラテン

 トップ10の中で個人的に一番サプライズだったのは10位のLuis Fonsi、Demi Lovatoによる“Échame La Culpa”でした。世界的のほぼ全てでヒットだった”Despacito”とは違い、主に「ラテン圏の」大ヒットだったこの曲が、(とはいってもYouTubeの再生数は17.5億程度)ラテンとは縁の薄そうなドイツでここまでヒットしたということが意外だったのです。

 J Balvinも大活躍でした。Nicky Jamとの”X"、Cardi B+Bad Bunnyとの”I Like It"*4、そして昨年のヒット”Mi Gente"の3曲が年間チャートに入っています!

 今年ドイツの年間チャートには5つのラテン曲がランクイン。これはラテン系移民の多いアメリカの年間チャートでの4曲を上回っています。

 これは、アメリカと同様にドイツでもラテン系の移民が多いということでしょうか?Wikipedia情報で恐縮ですが、ドイツの移民で最も多いのはロシア系でした。次いでポーランド、トルコ、ルーマニア……と続いていきます。スペイン語系の最大手国スペインの移民数は全体で26番目でした。つまり、このラテンヒットは「ラテン系の住民が持ち込んだ……」ということではないと考えられるのです。

Immigration to Germany - Wikipedia

 ドイツにおけるラテン系ヒットは、ドイツとラテンの結びつきの強さを示すものというよりは、世界的に流行する外部の音楽を積極的に取り入れるドイツのリスナーの性質のようなものを示していると思いました。

(2010年代の年間トップ10一覧を末尾に載せましたが、そこでも流入の多さが分かると思います)

 

 

・イギリスからの流入が多い?

 ドイツは地理的にヨーロッパ中部に位置しているからか、他の地域の影響を受けることもあるようです。今年の年間チャートで一部感じられたのはイギリスからの影響です。

 それを特に感じるのはRamzの“Barking”です。先の項目でラップは地元~とは言ったものの、いくつかアメリカ(圏)からの流入はありました。アメリカ方面のラップが他国でヒットする現象は別に珍しいものではなく、他の国でも見られます。最も影響力のある音楽市場のアメリカだからこそ成し得たことなのかもしれません。

 しかし、イギリスのラップが海外でヒットするのは珍しいです。アメリカ圏以外のラップは基本的に地産地消で、その人気が海外に飛火するのはレアです。同じ英語圏のイギリス→アメリカという人気の飛び火パターンはほとんど見られません。

 この“Barking”はドイツで年間チャート30位にランクイン。これはイギリスの年間チャートと同じ順位で、この曲はイギリスと同等のヒットをドイツで記録したということが分かります。さらにSpotifyのランキングでは、地元イギリスで成し遂げられなかった週間再生数1位をドイツで成し遂げています!

 地産地消が多いラップですが、ドイツにおけるUKラップの受容は今後も見られるのでしょうか?また逆にドイツ語のラップが海外でヒットする可能性があるのか?ということにも注目したいです。

 

 ほか……イギリスの年間チャート振り返りでも説明したGeroge Ezraにもこの現象が見られます。George Ezraのファーストシングル“Paradise”はイギリスで大ヒットの割に他の国でほとんど人気が出なかったのですが、ドイツではしっかりと年間83位に入っています。(次シングル”Shotgun”は比較的広い地域でヒットした。ドイツでも年間66位)

 

 

・過去のトップ10

 さらにドイツのチャートの傾向をつかむために、2018 – 2010年の年間トップ10を表にしました。(客演等は簡易化して表示しています)

 

  2018 2017 2016
1 Dynoro / In My Mind Ed Sheeran / Shape of You Alan Walker / Faded
2 Ed Sheeran / Perfect Luis Fonsi / Despacito Stereoact / Die immer lacht
3 Bausa / Was du Liebe nennst Chainsmokers / Something Just Like This Sia / Cheap Thrills
4 Calvin Harris / One Kiss Imagine Dragons / Thunder Imany / Don't Be So Shy
5 Dennis Lloyd / Nevermind Burak Yeter / Tuesday Drake / One Dance
6 El Profesor / Bella ciao Axwell ∧ Ingrosso / More Than You Know Kungs / This Girl
7 Namika / Je ne parle pas français Robin Schulz / OK Chainsmokers / Don't Let Me Down
8 Clean Bandit / Solo Bausa / Was du Liebe nennst twenty one pilots / Stressed Out
9 Marshmello / FRIENDS French Montana / Unforgettable Rag'n' Bone Man / Human
10 Luis Fonsi / Échame la culpa Ed Sheeran / Galway Girl Justin Timberlake / Can't Stop the Feeling!

 

  2015 2014 2013
1 Omi / Cheerleader Helene Fischer / Atemlos durch die Nacht Avicii / Wake Me Up
2 Lost Frequencies / Are You With Me Pharrell / Happy Robin Thicke / Blurred Lines
3 Felix Jaehn / Ain't Nobody Mr. Probz / Waves will.i.am / Scream & Shout
4 Ellie Goulding / Love Me Like You Dou Andreas Bourani / Auf uns Daft Punk / Get Lucky
5 Major Lazer / Lean On Mark Foster / Au revoir Passenger / Let Her Go
6 Sido / Astronaut Lilly Wood & The Prick / Prayer In C Macklemore / Can't Hold Us
7 Adele / Hello Clean Bandit / Rather Be Macklemore / Thrift Shop
8 Robin Schulz / Sugar Ed Sheeran / I See Fire Capital Cities / Safe And Sound
9 Wiz Khalifa / See You Again Cro / Traum Imagine Dragons / Radioactive
10 Kygo / Firestone One Republic / Love Runs Out Naughty Boy / La La La

 

  2012 2011 2010
1 Michel Teló / Ai se eu te pego! Jennifer Lopez / On The Floor Israel IZ Kamakawiwo'ole / Over The Rainbow
2 Die Toten Hosen / Tage wie diese Alexandra Stan / Mr. Saxobeat Shakira / Waka Waka
3 Lykke Li / I Follow Rivers Bruno Mars / Grenade Lena Meyer-Landrut / Satellite
4 Gotye / Somebody That I Used To Know Adele / Rolling in the Deep Unheilig / Geboren um zu leben
5 Asaf Avidan / One Day Pietro Lombardi / Call My Name Yolanda Be Cool / We No Speak Americano
6 Carly Rae Jepsen / Call Me Maybe Marlon Roudette / New Age K'naan / Wavin' Flag
7 Rihanna / Diamonds Snoop Dogg / Sweat Stromae / Alors on danse
8 Psy / Gangnam Style LMFAO / Party Rock Anthem Hurts / Wonderful Life
9 Loreen / Euphoria Pitbull / Give Me Everything Keri Hilson / I Like
10 Olly Murs / Heart Skips A Beat Tim Bendzko / Nur noch kurz die Welt retten Kesha / Tik Tok

 

 こう見ると、他国からの輸入が多い印象があります。特に異質なのは2012年。トップ10の曲のアーティストの出身地を分類すると、スウェーデンが2、ブラジル、ドイツ、オーストラリア、カナダ、バルバドス、韓国、イギリスとかなり割れています。アメリカ人がトップ10に不在というのもなかなか珍しいです。

 この中で1位を獲得したのはブラジル出身のシンガーMichel Telóによる、”Ai se eu te pego!”。この曲は当時ラテン圏を中心に大ヒットでしたが、ラテン圏ではないドイツでも1位になっていたとは意外です。

 ちなみにUSではラテン系ラジオでヒットし、Hot 100にエントリーはしましたが、上位進出はなりませんでした。

 

 こうしてドイツのチャートを見ると、ドイツのポピュラー音楽環境は世界有数の「人種のるつぼ」なのかもしれません。

 

 

 

・関連記事

 

 

 

*1:ドイツの女性ラッパー

*2:判定基準で珍しいのはAnne-MarieとMarshmelloの“FRIENDS”がダンスではないことでしょうか。Anne-Marieがメインと判定されたからなのか、この曲はビルボードのEDM Songsに入っていません。

*3:一部判別が難しいものもあります。例えばロシア生まれドイツ育ち、現在は拠点がアメリカのZeddなど。しかしよくドイツ出身と紹介されているのでドイツ圏発という扱いにしました。もうひとりはドイツ系スペイン人のラテンシンガーÀlvaro Soler。Zeddとは逆に現在はドイツでの活動がメインのようですが、スペインの色を強く出したスペイン語シングルが主体なので、これはグローバル扱いにしました

*4:この曲はCardi Bメインなので、ラテン曲ではなくラップでカウントしています