チャート・マニア・ラボ

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“Old Town Road” ジャンル変更問題を読み解く

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 Lil Nas Xによるトラップとカントリーを混ぜ合わせヒット、“Old Town Road”。この曲がビルボードのHot Country Songsというチャートから除外され話題になっています。(Rolling Stone、Pitchforkなど多くのサイトがこれについて報じている)

How Lil Nas X’s ‘Old Town Road’ Got So Popular – Rolling Stone

Billboard Removes Lil Nas X’s Viral Song “Old Town Road” from Country Chart - Pitchfork

Country Trap Song “Old Town Road” Causes Controversy on Billboard Charts | Music News | Consequence of Sound

 

 これに対する個人的な見解を簡潔にまとめると以下の通りです。

・Hot ○○ Songsにおけるジャンル変更は以前から多くあったので、今回のケースだけ大きく話題になったのが意外(=そこまで重要度の高いイベントではない)

・Hot ○○ Songsはそこまで重要度の高いチャートではないと私は考えている

・ただし、ビルボードには説明責任が存在する!?

 

なぜそう考えるのに至ったのか、今回の事例について説明していきます。

 

1 Hot ○○ Songsとは何か?

 

 今回話題になったHot Country Songsとは、その名の通り現在のカントリーのヒットが掲載されているチャートです。カントリーだけでなくEDM、R&B/Hip-Hop、Rock、Latin、Christianという計6つのジャンルでHot ○○ Songsが存在します。(R&B/Hip-Hopはそれぞれを個別に分けたHot R&B Songs、Hot Rap Songsも存在する)この記事ではこれらをまとめて“Hot ○○ Songs“称することにします。

 ちなみにPop Songsはこれらとは違うジャンルのチャートです。Pop Songsはポップ系ラジオのチャートを指しており、ポップスのジャンル別Hot ○○ Songsはありません。(別にジャンル分けしなくともポップスはHot 100で上位に入り、Hot 100を見るだけでポップスの人気曲がすぐに分かるからだと思います)

 これらのチャートはジャンルによって開始した時期などは微妙に違い、ある程度の紆余曲折がありますが、従来の集計方法はラジオに基づく集計でした。

 そのジャンルのラジオに定着したリスナーによるチャートだったので、そのジャンルのリスナーが何を好んで聞いているか?がよく分かるものでした。

 

 しかし、そのHot ○○ Songsに大きなメスが入ります。2012年10月20付けのチャートから、これらのHot ○○ Songsの集計方法がHot 100準拠に変わり、従来のラジオチャートはHot ○○ Airplayという新設されたチャートで見ることができるようになりました。

 

 この変化により、そのジャンルの界隈で流行っていなくてもメインストリームで大流行していればそのジャンルの○○ Songsでは上位に入るようになりました。このことはHot Country SongsのWikipediaでも以下のように説明されています。

 “Following the change, songs that were receiving airplay on top-40 pop were given a major advantage over songs popular only on country radio, and as an unintended consequence, such songs began having record-long runs at the top of the chart.”

(この変化により、ポップ系ラジオでかかっている曲はカントリー系ラジオで“のみ”人気の曲に対して大きなアドバンテージを持つようになった。その結果、以下のような曲がこのチャートで長期的に1位を支配するようになった。)

Hot Country Songs - Wikipedia

 

※例として挙げられているのはTaylor Swiftの“We Are Never Ever Getting Back Together、Florida Georgia Lineの”Cruise”、Sam Huntの“Body Like A Back Road”、Bebe Rexhaの”Meant To Be”

 

 ほかジャンルでもラップのラジオ系統の一部ではあまり人気が出ていなかったMacklemore & Ryan Lewisがポップ系ラジオなどメインストリームでの人気によってHot R&B / Hip-Hop Songsの1位を長くキープするなどの現象が起こりました。(ちなみに“Thrift Shop”はラップ系ラジオ(Hot R&B / Hip-Hop Airplay)よりもオルタナティブロック系ラジオでの人気のほうが高かったです)

(ただしもう一つのラップ系ラジオ系統、リズミックでは大人気(複数が1位)だったので、Hot R&B / Hip-Hop Songsには残ったのだと推測される)

 

 このように集計方法の大改革以降は、Hot 100からジャンル分けして抜き出しただけのチャートに変化し、「いかにメインストリームで成功しているか」がこのチャートで上位に入るかのポイントとなったのです。

 このような大きな変化があったので、Hot ○○ Songsは2012年10/20以降、以前では別物として考えたほうが良いと考えています。

 

 個人的な考えを述べると、このチャートはHot 100をそのまま抜き出しただけで、あまり重要度が高いチャートではないと考えています。わざわざジャンル別に分けて考えなくても、Hot 100だけ見ていれば十分だと考えているからです。私はHot ○○ Songsは「Jリーグ順位(関西のみ)」のようなものだと考えています。*1

 

 ただし、このチャートを有効活用する方法もあります。

 1つ目はHot 100に入らなかった曲では何が人気か?ということが分かるという手法です。多くのジャンルではHot 100に入っているのはそのジャンルで一部の曲だけなので、下位になればHot 100に入っていない曲もチャートに入っています(Hot ○○ Songsは多く50位まで閲覧できる) 下位であってもその順位から、この曲はHot 100に入っていないけど、どれくらいヒットしているのか?ということをある程度推測することが可能です。

 2つ目は、Hot 100から既に外れた曲が現在はどれくらいヒットしているのか?を判断できる手法です。古い曲を制御するリカレントルールによって一定の週数が経過した曲はHot 100から外れてしまいます。しかしHot 100では既に外れていたとしても、そのジャンルのHot ○○ Songsで上位に残っていれば、Hot ○○ Songsのほうではチャートに残っているケースもあります。そのような場合は、実際にHot 100入りしている曲の順位と見比べて、「まだHot 100に残っていれば△△位くらいなのかな?」ということが推測できます。

 ちなみに、Hot R&B / Hip-Hop Songsは50位すべてがHot 100に入っているということも多いのであまりこの手法を適用できません。

 

2 Hot ○○ Songsにおけるジャンルの変更

 

 ラジオでの再生数をベースにチャートに反映させれば良かった2012年以前とは違い、現在Hot ○○ Songsのジャンル分けはビルボードの「判断」によって行われています。今回はその「判断」が焦点になったということでしょう。

 そのジャンル分けの判断は現在もラジオをベースに行われている模様です。そのラジオのオンエア次第ではジャンル変更がチャート入り後に行われるケースがあります。

 例えばBebe RexhaとFlorida Georgia Lineの“Meant to Be”はポップ寄りのアプローチで、最初にかかったラジオもポップだったことから、最初はHot Country Songsに入っていませんでした。しかし、曲がヒットするにつれてカントリー系ラジオでのオンエアも開始。Country Airplayチャートに初めて入った翌週から、ついにHot Country Songs入りを果たしました。

(↓その週のチャート)

Country Radio Music Chart | Billboard

Country Music: Top Country Songs Chart | Billboard

 

 その後この曲はカントリー系のチャートでも大ヒットになり、Country Airplayでも見事一位を獲得し、さらにはHot Country Songsで歴代最長の1位(50週)を記録しました。

 

 逆にHot ○○ Songsを外れるケースもあります。Tove Loの“Habits”は最初にかかっていたラジオがオルタナティブロック系統だったことから、Hot Rock Songsチャートに入っていましたが、後にポップ系ラジオでの人気のほうが高いと判断されHot Rock Songsから除外されました。(最終的にオルタナティブロック系ラジオでのピークは19位、ポップ系ラジオでは1位まで到達)

Top Rock Songs Chart | Billboard (←Prev. Weekを押してこの週と見比べると消えたことが分かる)

(※ただし、系列の人気度の差があまり大きくなければ元のジャンルから消えないこともあります。超厳密にジャンル分けしているわけでもないので、ある程度はケースバイケースです)

 

 過去の傾向から、Hot ○○ Songsのジャンル分けはかかっているラジオによって判断されていることが伺えます。そして他ジャンルのラジオへクロスオーバーした場合は、途中でジャンルが変わることもあるのです。

 

 実は“Old Town Road”のジャンル分けもこのラジオで判断できます。“Old Town Road”はまだ先週のタイミングでは各ラジオ系統に入っていませんでしたが、ポップ系やリズミック系(ポップとラップの中間にあたる系統)で既に浮上の兆しを見せていました。(Hits Daily Doubleなどのサイトで確認できます) そして今週、正式にポップ系ラジオチャートやリズミック系ラジオチャートにエントリーしています。しかしカントリー系ラジオチャートには入っていません。

 ビルボードはポップ系とリズミック系でのラジオの人気から、カントリー以外のリスナーに人気を集めた曲と判断し、「カントリーではない」としたのです。仮に今後カントリー系ラジオでも再生数を獲得できれば再びHot Country Songsに舞い戻る可能性もあります。

 

4/21追記

 ビルボードはこの曲のジャンル分けについての記事を発表。

 この記事内ではジャンル分けの理由を説明しています。その「理由」とは以下の理由でした。

① トラップビート

② カントリー系ラジオの再生不足

③ レーベルのジャンル分け

④ プレイリストのジャンル分け

 

 上記の要素、①(=曲の特徴)、③は頻繁に変わるものではないので、ビルボードがHot ○○ Songsのジャンルを変更させる時は②か④を理由にしているということが分かります。このことから”Old Town Road"がHot Country Songsに戻るためには②か④に変化があれば良いと考えられます。

 この曲はリミックスのリリース直後に、一時期カントリー系局での「お試し放送」で再生が伸びたものの、その後この系統のリスナーの心を掴めず、再生数が減少してしまったので、今後②のカントリー系ラジオが伸びることは考えづらいです。

 また④に関してもApple Music、Spotifyなどでこの曲をカントリー系のリストに載せる動きは見られません。この曲のジャンル分けはプレイリストでも苦慮しているようで、ラップのプレイリストにすら入っていないケースもあります。

 Spotifyの公式プレイリストRapCaviarはこの曲をリストにまだ含んでいません。(Apple MusicのThe A-List: Hip-Hopも先週まで同じくリストにこの曲を入れていなかったが、今週から追加された)

 この②と④の動向を見る限り、今後この曲がHot Country Songsに復帰する可能性は低そうですが、果たして……???

 

3 ビルボードは説明する必要あり!? ビルボードのHot ○○ Songsの扱い方

 

 過去の傾向を読み解くと、ビルボードは明確な判断基準を持ってジャンル分けを行っており、今回”Old Town Road”がHot Country Songsから外れたのも「過去にもよく見られた現象」だったのです。私が今回“だけ”話題になったのが意外だったと考えたのはこのようなことからです。

 

 今回の件に関して、ビルボードをかなり懐疑的に見る記事もありました。例えばConsequence of Soundは、記事のタイトルを“Billboard says Lil Nas X’s “Old Town Road” not country enough to be on country charts”、そして副題を“Billboard says its decision had nothing to do with the Atlanta artist's race” としています。

 

 これはビルボードのジャンル分け判断に偏見が入ったのでは?と読者を誘導するような意図を感じますが、あまり的を射たものでは無いと感じます。

 

 ビルボードは元から持っていた判断基準を適用しただけなので、今回特に変わったことをしたわけではありません。しかし、ビルボードはこのことを多少なりとも説明をする必要もあるかもしれない!?とも私は考えています。(ここからマニアックな内容が増えます)

 

「1位ビジネス」 私がこう呼んでいる現象があります。これはメインのチャートでの中途半端な順位よりも、区分けされたチャートでの1位(または上位)の方が見栄えがよく、これをニュースにすると注目を集めやすいという現象です。

 これは日本の事例を見ると分かりやすいと思います。

 全米No.1!?しかし、これは一時期のiTunesのチャート、さらにはJazzというジャンル別での1位であって、総合の1位ではありません。iTunes総合での順位はそれほど高くはないので、ジャンル別の1位を見出しに起用し、注目を集めようという意図です。

 このアルバムは週間のチャートでは、Hot Jazz Albumsでは5位、全ジャンルの総合アルバムチャート(Billboard 200)では圏外でした。

(圏外でしたが、日本人としては大健闘の成績であることは間違いないです)

 

 上記の日本の記事は極端な例で、「ジャズチャートで」というフレーズがきちんと入っている記事の方が多いです。ただし多くの記事でiTunes Jazzでの「1位」、ビルボード Jazzでの「5位」がかなり強調されている、という印象がありました。(参考:全米デビューした主な日本人の現状!

 

 この重要度の高い全ジャンルのチャートでの中途半端な順位よりも、細かく区分けされたチャートでの1位(上位)を優先する傾向はビルボードにも見られます。

 

(この現象については以前、↓の記事で詳しく説明しました ※マニアック記事です)

ビルボードの報道の傾向:トップ○○「デビュー」の記録強調に関する疑問について - チャート・マニア・ラボ

 

 その記事では私はビルボードが何を重要視しているかを垣間見ようとする調査を行いました。BillboardTwitterから“History”という言葉で検索をかけ、ビルボードがどのようなことを「歴史的」と称して報道していたのかを調べました。(期間:2018/1/1 ~ 2018/10/16)

 

・Lil Wayne 史上初のトップ5に2曲デビュー (2回配信)

Carrie Underwood女性カントリー歌手として最多のアルバム1位

・Drake 同じ年における累計1位週数を更新 (29週)

Eaglesの“Their Greatest Hits 1971-1975”が史上最も売れたアルバムに

・Meant To BeがHot Country Songsでの1位滞在が歴代最長に (2回配信)

・Meant To BeがHot Country Songsでの1位滞在が歴代最長タイに

・Camila Cabelloが史上初めてデビューアルバム最初の2シングルでPop & Adult Pop系ラジオを制する

・BLACKPINKが韓国語で歌うガールズグループとしては初のHot 100

・Florida Georgia Lineが史上初めてHot Country Songsのトップ10に3曲エントリー 

Kanye Westが歴代最長タイの8連続アルバム1位 (後にEminemに抜かれる)

・Imagine Dragonsが史上初めてアルバムから3曲がAlt、HAC系統のラジオ両方を制す 

・Meant To BeがHot Country Songsでの1位滞在がデュオで歴代最長に(2回配信)

・Imagine Dragonsの曲が4曲1年以上Hot 100に滞在=史上最多

・J. Coleが史上初めてトップ10圏内に3曲が「デビュー」する

BTS・EXO・NCTがSocial 50トップ3支配。K-Popがトップ3を支配するのは史上初

BTS・EXO・Wanna One・Got 7 4組がSocial50のトップ10に入る (3回配信)

・Bruno MarsがUsherを抜いて男性としてラジオ最多1位を記録 (2回配信)

・MigosがHot 100に14曲同時エントリー グループとして史上最多タイ

・Cardi B、最初のHot 100エントリー3曲が全てトップ10入り (ラッパーとして初)

 

 

 実際に重要度の高い項目もありますが、ジャンル名や組分けなどを「工夫」して区分がニッチすぎる記録など、あまり重要でもない項目もあります。

 その一つとして浮かび上がるのはHot Country Songs関連です。①の項目で説明したように、2012年にほぼチャートが別物になったので、事実上まだ6年目と歴史の浅いチャートですが何度もこれに関して「歴史的」と称しています。特に「デュオで歴代最長のHot Country Songs1位支配」はニッチに細かく区切りすぎと感じました。

 

 上記の調査はあくまで一つの手法にすぎず、これだけでビルボードの報道の傾向が掴めるわけでもないことは思います。ただ、他の記事でもビルボードがHot ○○ Songsを好んで報じる傾向が見られます。(ビルボードのサイトのChart Beatという項目をクリックすると、いくつかジャンル別の1位のニュースが出てくる)

 昨年末にリリースされた「数字で振り返る今年のチャート」という記事では、このHot ○○ Songs関連の記録を二つ取り上げ、このチャートを重要視していることが伺えました。

(参考:それに対する私が「選び直した」 数字で振り返る今年のチャート:数字で振り返る今年のチャート 【ビルボードの記事をアレンジ】 - チャート・マニア・ラボ

 

 “Old Town Road”はHot Country Songsから外されていた翌週、Hot 100で15位までジャンプアップしました。そのままHot Country Songsに残っていたとすれば、Luke Combsの”Beautiful Crazy”を抜いてこのチャートの首位に立っています。

 この曲は現在ストリーミングで絶好調で、今後も順位を伸ばしそうです。30位前後が関の山になることが多い(カントリー系ラジオでしかかからない曲はそれくらいの順位になる)他のカントリー曲を尻目にHot Country Songsの首位に立ち続ける可能性が非常に高かったのです。これが実現すれば、ビルボードは過去の傾向からこの“Old Town Road”の記録を多く報道する可能性が高かったです。

 

 今回の“Old Town Road”のジャンル変更は、ビルボードは従来通りの理論に基づいてジャンルを変更しているという点から特に問題は無いと考えました。さらに、今回焦点となったHot ○○ SongsはHot 100を見ていればあまり参照する必要が無いと考えており、やや優先度が低いチャートと私は捉えています。

 ただしビルボードは今後もHot ○○ Songsに関する報道を多く行っていくのであれば、それ相応の説明が必要ではないか?とも感じています。今回の問題にきちんと向かい合い、ジャンル分けの理論などの説明を行う必要もあるのかなと考えました。

 

 

☆ さらなる議論 ~真犯人はラジオ!?~

 

 今回の記事でジャンル分けの判断の理由になったのはラジオということを述べました。最初にリンクを貼った記事の中では、Rolling Stone誌は唯一ラジオについて言及しています。それは、「そもそもラジオにかける / かけない」の時点でバイアスがかかっているのではないか?という内容でした。ポップ系ラジオではブラック系のアーティストをかけるのを躊躇うと認める者がいた、ということなどを例に挙げ、Hot ○○ Songsにおける判断基準となっているラジオの選曲への疑問を提示したのです。

 

 この“Old Town Road”に代表されるようなジャンルレスな曲も台頭し始めた昨今、たしかにジャンルで曲を分けるという習慣も考え直す時期なのかもしれません。仮に今後、そのような議論が進んだ時には、多くのジャンル別チャートをリリースしてきたビルボードがどのような対応を見せるかに注目したいです。

 

 

 

 

*1:「関東のみ」はここだと最メジャー=Hot ○○ Songsが無いポップにあたるので例として不適切……???