チャート・マニア・ラボ

音楽チャート・ポップス研究者(自称) ポップス音楽と食べることが好きなオタク

Rolling Stone Charts への所感

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 Rolling Stone Chartsはじまりました。1967年創刊の有名雑誌の作るチャートとだけあって、かなり注目を集めている印象です。 (例:英語版Wikipediaのシングルのページでは既にRolling Stone Chartsの順位が記載されている場合が多い)

 

 上記の「ようこそRS Charts」では、「ストリーミングは音楽のあり方を大きく変えた。しかし伝統的な週間チャートは動きが比較的鈍い」と書かれており、ビルボードのチャートを意識しているような印象があります。

 そんな新たにローンチされたRS Chartsについて私が現状で感じたことをまとめました。記事を作成するにあたって、下記の「チャートの集計方法」と「よくある質問」を参考にしています。

 

 

・ラジオ抜きが目玉?

 RS ChartsはDL + ストリーミングで計算しており、ビルボードのHot 100と比べてラジオが無いという点が最大の違いということが分かります。RS Chartsはラジオを「意図的」に除いているようです。「よくある質問」の項目で、ラジオは「受動的な媒体」であるとしてファンの本当の動向を知るためには不要としています。

 このようにラジオを除くことで、Rolling Stoneが指摘していた「週間チャートの動きの鈍さ」も同時に解消されます。

 

 たしかに最近はラジオの人気曲とストリーミングの人気曲が違うなど、ラジオの影響力が以前よりも低下していることは確かですが、現在もラジオは無視できない規模の媒体であると考えています。ニールセンによると現在でも92%の成人が毎週1回はラジオにアクセスしているようで、これは他のメディアよりも最も高い数字です。(スマホよりも高いらしい)

https://www.nielsen.com/wp-content/uploads/sites/3/2019/06/audio-today-2019.pdf

 

 仮にファンへの影響力という観点では低下していても、多くの人口に馴染んだ存在としてラジオはまだまだ調査対象としては有益と思われます。

  つまるところ、RS ChartsはUS全体の音楽環境を測るというよりは、ファンにフォーカスしたチャートを作っているという印象があります。

 

YouTubeも抜いている

 やや驚きだったのはYouTubeが計算から外されていることです。「集計方法」の欄では

(Digital Song Sales) + (On-Demand Audio Subscription Streams/120) + (On-Demand Audio Ad-Supported Streams/360)

 とあり、DLと「オーディオ」ストリーミングから成ると記載されています。「オーディオ」ストリーミングとは、オンデマンド・ストリーミング(=選択型)の一部門です。この部門に属するもう一つの項目が「ビデオ」ストリーミングで、「オーディオ」ストリーミングと記載されている場合は、「ビデオ」と対比させた音源の再生を指しています。

 

 YouTubeの再生規模は現在かなり大きいです。The Trichordistの試算によると、2018年再生規模で最も大きかったのはYouTubeでした。会員登録無しでも再生できて、一番敷居が低いからでしょうか。“Old Town Road”旋風を主に牽引していたのもYouTubeの再生数でした。

 しかしリンク内の表にあるように、YouTubeは「金額シェア」の項目では3位に甘んじています。これは1再生あたりのロイヤルティが極端に低いためです。つまり再生数が多かろうが、売上的観点からはストリーミング3番手なのです。

 

 またYouTubeは「受動的」な再生と見なすことも出来ます。YouTubeで「自動再生」をオンにしておけば最初のビデオを起点に永遠に曲がかかり続けます。その選曲はYouTubeアルゴリズムによって決定されるので、ネットラジオと同じ状態、つまり「受動的な」環境が出来上がります。

 他にも「ミックスリスト」を提供していること、各所に「おすすめ」が散らばっていることも「受動的」と見なすこともできそうです。

 このような理由からかビルボードのHot 100でも、昨年の7月からYouTubeの再生数はオーディオ再生と比較して2/3でカウントするようになりました。

 

 「金額」そして「受動的な再生」と、YouTubeを低く見積もる根拠はいくつか存在します。しかし現状で再生数が最も多い媒体を「完全」に無視してしまうのはずいぶん思い切った判断をしたな、という印象があります。 

 もしかしたら「受動的」と評価したラジオとは違い、YouTubeに関しては除外した理由が書いないので、もしかしたら今後のアップデートで追加される可能性もあるのかもしれません。*1

 

・実は既存?意義はRolling Stoneが採用したこと?

 実を言うと、RS Chartsは新しいチャートという印象は無かったです。ラジオを抜いたセールス + ストリーミングのチャートならば情報提供元のBuzzangleで以前から閲覧することができました。

 Buzzangleでは数字が表記されていないので、そこはRS Chartsの違いとは言えますが、数字付きのチャートならばHits Daily Doubleという別のサイトでも閲覧することができます。

 つまりRS Chartsは新たに「開発」されたチャートというよりは、有力メディアのRolling Stoneが新興メディアから「採用」したチャートで、その「採用」に意義があると言えそうです。

 

・毎日更新……??

 RS Chartsは「毎日更新」ということを謳っていますが、どこまで「毎日」更新されるのかは不明です。現状では週の後半まで待たないとデータが揃っていない印象です。

 これは今後次第に改善されていくかもしれませんが、ストリーミングの個別チャートより更新がかなり遅い状況が続けば、即効性を主に求める場合には「ストリーミングの個別チャートを見れば良いや」と思われる可能性もあります。

 ただし現状でもビルボードよりは更新が早いです。(ビルボードがHot 100全て公開するよりも1日前くらいにFinal Statasになる印象です)

 

 

・面白そうなのはArtist 500?

 RS Chartsで新たに創設されたのはシングルチャートだけではありません。他にTop 200 Albums、Artists 500、Trending 25、Breakthrough 25がローンチされています。

 個人的に面白そうと思っているのはシングル&アルバムの成績からアーティストごとの人気度を測るArtists 500です。なぜかというと、ビルボードの「違い」がうまく働きそうだからです。

 

 ビルボードにも似たような内容を取り扱うArtist 100というチャートがあるのですが、このチャートはシングル&アルバムに加えて、SNSのポイントも集計に入れています。

 SNSはファンダムを形成するツールとして、現在のポップ音楽の重要な要素の一つではありますが、「音楽」ではありません。その音楽では無いものまで音楽チャートでカバーしようとするのは個人的に疑問に感じていたのです。

 その疑問点が解消されているのが、RS ChartsのArtists 500です。このチャートではビルボードと違ってSNSがポイントに入らないので、音楽にのみフォーカスされています。

 ほか500までランキングがあるのも面白いです。このアーティスト系のチャートは性質上どうしても直近にアルバムをリリースしたアーティストが上位に来てしまいます。

 しかし直近にアルバムをリリースしていないアーティストのほうが数は多いと思うので、そういうアーティストの立ち位置も理解するために、このランキングの枠が大きいことは意義があると思います。

 

 ただし一つ謎のポイントが。デュオではない連名(○○&○○)の曲は独立した別のアーティストとして今後も扱われるのか、今後改善されるのか、果たして……?

(↓ Lil Nas XとCardi Bはこの曲でタッグを組んだだけで、別に2人で活動をしているデュオではない)

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・その他の細かいポイント

 Load Moreが多すぎて見づらいです💦 どのランキングでも15位ごとにLoad Moreを強いられます。(スマホでもパソコンでも)

 特にArtists 500では苦労しそうです。(Load Moreで隠されている状態だとページ内検索の対象にならないため、律儀に最後までLoad Moreしないと○○が入っているか否かも分からないです💦)

 個人的に見づらさは興味の低下に繋がるようにも考えています。ここでいう「見やすさ」とはデザイン的なものではなく手軽さのことです。

 

 手軽さでうまく機能していると感じるのはSimon Falk氏です。氏は正確なHot 100順位予想が有名で、もちろんその予測が理由で人気を集めている側面もあるとは思いますが、それとは別に一画面で手軽に順位がチェックできるのが大きいのでは?という仮説が私の中にあります。氏の予想に対して、「ああ、○○は今何位なのね」とこの表で順位を知ったような反応も時折見られ、この表を中心に順位をチェックしている人もいるのでは?という私の推測です。それを支えているのが、氏の予想の正確さに加えて、一画面で順位がわかる構成なのではないかなと思ったのです。

 日本の事例なのですが、記事形式ではなくてツイートの一画面に情報を収めきって成功したメディアがあるという報告もあります。

若者はリンクもスクロールも嫌――記事の体裁が新鮮すぎる「BuzzFeed Kawaii」に聞く、ミレニアル世代のネットメディアへの接し方 - INTERNET Watch

 

・まとめ

 現状ではこのRS Chartsはビルボードの「代わり」にはならないと思います。ビルボードは「社会調査的」、RS Chartsは「分かりやすさ重視」と狙いが違っており、「並立」することはあっても、「取って代わる」展開は考えづらいと思っています。それぞれが個別の目的意識を持って、集計が今後は続けられていくと思います。

 

 現状ではやや否定的な見解を示しましたが、今後の展開を引き続き観察していくことが重要だと思っています。RS Chartsローンチに関する文章では、「今後アップデートされる可能性があります」という文面がいくつか見られ、アップデート次第では大化けする可能性も秘めています。

 仮に世間がRS Charts支持に大きく傾き、これがアメリカのメインのチャートとして扱われるようになったら、私の記事で毎週「今週のRS Charts」についての記事が扱われるかもしれません……??

 

 

 

*1:YouTubeは日ごとのチャートが無く、提供されるデータも週ごとかもしれないので、RS Chartsがコンセプトに掲げる「毎日更新」と相性が悪いから外されたという可能性も考えられる