先週、“Old Town Road”がHot 100史上最長の17週目の1位に!この記録達成は大きく注目を集め、日本のニュースでも一部取り上げられるほどでした。ビルボードもこの記録達成を、「数々の記録の中でも最も偉大な記録の1つ」として評価しています。*1
※この曲は次週も1位に残り、記録を18週まで伸ばしています
今回はいかにこの曲が17週1位の新記録を達成したかを、私なりの目線・解釈で深く掘っていきたいと思います。
ポイントをざっくりとまとめると主に以下の3点が挙げあられます。
① 2バージョンによる圧倒的な再生数
③ 注目をキープするLil Nas Xの「バズ/ミーム」的センス
まずは、状況を掴むために1位を取ってからのポイントの推移を表にしました
※DL / ストリーミングは実数、ラジオは順位 *2
週 | スト | DL | ラジ | 2位 | 備考 |
1 | 4660万 | 2.2万 | 外 | Sunflower | |
2 | 1.43億 | 12.4万 | 33 | Billy Ray Cyrusのリミックスが登場 | |
3 | 1.252億 | 9.1万 | 18 | Wow. | |
4 | 1.144億 | 8.9万 | 12 | ||
5 | 1.04億 | 7.8万 | 6 | ME! | Diploリミックスが登場 |
6 | 1.041億 | 7.8万 | 4 | If I Can't Have You | 週の途中にAnimoji ビデオ公開 |
7 | 1.031億 | 6.9万 | 3 | I Don't Care | |
8 | 1.307億 | 7.6万 | 3 | ビデオ公開 | |
9 | 1.153億 | 8.1万 | 3 | bad guy | |
10 | 1.156億 | 8.7万 | 2 | ||
11 | 9990万 | 7.1万 | 3 | ||
12 | 9160万 | 5.9万 | 3 | You Need To Calm Down | |
13 | 8870万 | 5.9万 | 4 | Señorita | EPのリリース |
14 | 8930万 | 5.7万 | 6 | bad guy | |
15 | 7050万 | 4.3万 | 8 | iTunes割引を開始 | |
16 | 8620万 | 4.5万 | 10 | Young Thug & Mason Ramseyのリミックス | |
17 | 7250万 | 4.6万 | 14 | 17 Weeksビデオをリリース |
※ちなみにHot Country Songsから除外されたのは1位になる1週前です。
・2バージョン目
ここまで“Old Town Road”が強かったのは、なんといってもその圧倒的なストリーミング再生数です。USの週間ストリーミングベスト10のうち、8の枠が”Old Town Road”によって占められています。この桁違いのストリーミングによって、Taylor Swift、Ed Sheeran、Justin Bieberなどのメガスターを打ち破り続けてきたのです。
◇US週間ストリーミング数ランク
曲 | 再生 | ||||
1 | Old Town Road | 1.43億 | 11 | Old Town Road | 1.031億 |
2 | Old Town Road | 1.307億 | 11 | Harlem Shake | 1.031億 |
3 | Old Town Road | 1.252億 | 13 | God's Plan | 1.017億 |
4 | In My Feelings | 1.162億 | 14 | Old Town Road | 9990万 |
5 | Old Town Road | 1.156億 | 15 | Harlem Shake | 9760万 |
6 | Old Town Road | 1.153億 | 16 | In My Feelings | 9540万 |
7 | Old Town Road | 1.144億 | 17 | thank u, next | 9380万 |
8 | In My Feelings | 1.062億 | 18 | God's Plan | 9280万 |
9 | Old Town Road | 1.041億 | 19 | In My Feelings | 9270万 |
10 | Old Town Road | 1.04億 | 20 | Old Town Road | 9160万 |
なぜこんなにもストリーミング数が多いのか?それは2バージョンが両立した、ということが大きいと思います。
実は“Old Town Road”はBilly Ray Cyursのリミックスがリリースされて「から」1位になったのではなく、リリース「前」に既に1位に到達していたのです。もともと1位を取るクラスのヒットに、大ヒットのリミックスが「追加」されたのです。 (※ビルボードはリミックスもオリジナルも同一の曲として、これらのポイントを合算して一つの曲にまとめる)
つまり、ある種1位シングル2曲が1つにまとめられているような状態なのです。そりゃ強いです。(ちなみに“Despacito”はリミックス登場前、48位でした。ただリミックス後にオリジナルも浮上を見せたので、この曲も2バージョンで強かった曲といった印象が強いです。)
例えばSpotifyのデータを見てみると、Billy Ray Cyursリミックスはリリースされた週におよそ2067万再生*4を記録し歴代10位の成績なのですが、これにオリジナル版の再生数1519万再生を足すと、合計3586万まで到達し、歴代1位の週間再生数”In My Feelings”の3075万再生を軽く上回ります。
「ダブル」を狙えるリミックスは成功すればたしかに最強のチャート施策になりますが、もちろんリミックスがいつもうまくいくわけではありません。ヒットを狙うも有効に働かなかったリミックスはいくつもあります。多少のプラスαをもたらしたとしても、原曲を上回るほどのヒットになることは少ないです。既に定着しているヒットを上回るためには相当なインパクトが必要なのです。(シングルカットと同時にリミックスをリリースするパターンは、オリジナルがヒットしていないのでそれは別ケース)
そんな2バージョン目がオリジナルを上回るインパクトを持つ、という難易度の高いことを成し遂げた要因がビルボードのHot Country Songs除外だったのです。ビルボードがこの曲をHot Country Songsから除外したことが物議を醸したタイミングから素早く、熱が冷めないうちに有名カントリーシンガーBilly Ray Cyursを迎えてリミックスをリリースする。その慧眼は見事でした。
ビルボードが起こした「除外」というトピック、そしてそれを見事に乗りこなしたことが最大のヒットの要因であるということは間違いないです。つまりこの新記録はビルボード自身が皮肉な形で生み出した新記録なのです。
・ビデオのタイミング
ストリーミングが記録的な再生数を達成するのは、もともとヒットしている曲がビデオを出すタイミング(とそれに続く週)が多いです。上記のストリーミングランクの表で、“Old Town Road”以外にランクインしている曲、”In My Feelings”、“God’s Plan”、”thank u, next”はこれに当てはまります。 (”Harlem Shake”は特殊)
しかし……ビルボードが理由にビデオ無しでも圧倒的な再生数を記録した“Old Town Road”はビデオという強力なカードを温存したままヒットにたどり着いたのです。
この温存したカードを活用し、8週目にビデオをリリース。見事再生数がプラスに。リミックスをリリースした週に次いで2番目に高い再生数を記録しました。遅めのタイミングでもう一盛り上がりを作ることで、曲のロングヒットに寄与したのです。
・ミーム発のヒットであるということ
Hot 100では無双が続きましたが、Apple MusicやSpotifyでの再生数は落ちてきています。両バージョンを合算すれば事実上のSpotify週間1位という状態がある程度続きましたが、それも1位を獲得してから12週目で終わります。Apple Musicでもオリジナル版を中心に再生数が落ちていきます。意外と早い段階で主要2つのストリーミングでの陥落が始まっていたのです。
それでももう1つの主要ストリーミング、YouTubeではずっと圧倒的な1位でした。17週目でさえも2位にダブルスコアをつけています。
これは特定のビデオが大人気という訳ではなく、再生数は様々なビデオに散っています。17週目の「ビデオランキング」ではMovie、Young Thugリミックス、17 Weeks、アニモジの4種類がランクイン。特にこの週にリリースされた”17 Weeks Video”は興味深かったです。内容はMovieを編集しただけのもので新要素は無いのですが、このビデオを作ることで新記録の更新を狙うという「ストーリー」を基に共感を読んでさらなる再生を狙うといったものでしょう。新しいビデオという形でリリースすれば、「新着動画」として表示されるというメリットも存在します。
そしてこれら4つのビデオ再生数を合計しても890万再生です。これは「楽曲再生数」の37%程度にしか過ぎません。その他の再生数はLil Nas X“以外“の一般ユーザーによる動画から計上されているのです。
この「一般ユーザー」がアップロードした動画には音源だけのもの(例えばこのようなチャンネル)もあるのですが、他にアレンジ動画なども一定数見られます。音源・アレンジがどのような再生比率なのかは正確には分かりませんが、YouTubeにおける草の根的な+αの多さはミーム発の曲の強みだと思います。
・EPについて
現代ストリーミングで、ビデオと並んでストリーミングを伸ばす有効手段があります。それはアルバム / EPのリリースです。アメリカのOn-Demand型(Apple MusicやSpotify)ストリーミングリスナーはかなりアルバム志向が高く、再生数のピークはアルバムのリリース時に来ることも多いです。例えばSpotifyのピーク時の再生数ランク(日)では8/10がアルバムのタイミングに記録されています。(Drakeの”Scorpion"、J. Coleの”KOD"、Lil Wayneの”The Carter V"、Travis Scottの”ASTROWORLD"の収録曲)
しかしこれは効果があまり出ず、EPリリース週のストリーミングはマイナスです。EP自体は盛況しましたが、“Old Town Road”にはあまりプラスに働きませんでした
ただこのEPでワンクッションを置き、これ以外にもヒットを出せるんだぜ!と証明してから、“Old Town Road”に戻ることで再び興味を蘇らせたような印象もあります。EPの後にリリースされたYoung Thugリミックスは16週目に"bad guy"に競り勝つのに大きく寄与しています。
・Lil Nas Xという「人」に対する興味
ストリーミング時代では「幅広い人に聞かれること」以上に「繰り返し聞かれる」こともヒットを生み出す上で重要な要素になり、そのため濃いファンがチャートを動かす上で重要な要素になっていきます。
では「濃いファン」を作る上で何が重要か?と言われるともちろん音楽が良いかも重要ですが、それと並んで「人」への興味も重要……そのような仮説が自分の中にあります。聞かないことには音楽の良さを体感できないので、聞き始める理由付けのためにも「人」への興味は重要だと思います。
その「人への興味」という観点ではこのEPは大きな効果があったと思います。自らの音楽性をアピールしたEPはその作品だけでなく、リリックやジャケで示唆されたゲイのカミングアウトも注目を集めました。ヒップホップコミュニティーではどうしてもホモフォビア的雰囲気が残っており、後にコラボするYoung Thugも「バカが過剰に反応するから、カミングアウトがあまり良い効果を呼ぶとも思えない」と発言しています。
このような背景から勇気のある発言で、Young Thugの考えていることが本当ならばマイナスの側面もあるのかもしれませんが、それ以上にその勇気を買ったプラス評価が多いようです。(リプライ欄などで”protect Lil Nas X at all costs ”のような記述が多かった) またこの発言を受けてSpotifyの有力プレイリストToday’s Top Hitsがゲイを示唆するリリックがある”C7osure”をリストに追加するという目に見える効果もありました。
これ以外にもLil Nas Xは他の形でも注目を集めます。彼はこの曲がヒットした後も熱心にツイッターを更新。もともとアルファツイッタラーとして鳴らしていただけあって、そのツイートが多く人気を集めていました。仮に彼をフォローしていなくても、リツイートなどでよくTLに流れ込んできたのではないでしょうか?
他にYouTubeでのコメントも興味深いです。YouTubeのコメント欄は様々なユーザーの発言で盛り上がっていますが、投稿者自らコメントすることも可能です。Lil Nas Xは“Animoji”のコメント欄に”first”と書き込みました。
これは何を意味するかというと、「俺は1番目にコメントした」ということです。このコメントは普通一般人、1番目にコメントするのでおそらくは熱心なファンがする発言なのですが、それを本人がしているということが面白かったです。このような細かい点から、彼はインターネットをよく理解しているなと感じます。
このように「人」への興味を呼び込んだこと、またインターネットのツボを抑えた発信がこの曲が「愛される」背景にあるのではないか、と考えました。
ほかDLの増加にも、このような要素が寄与しているようにも思いました。“Old Town Road”は首位に立っていた17週のうち13週でDLが1位に立っており、地味にDLも強いです。
ストリーミングの台頭で大きく存在感を落としているDLですが、現代におけるDLの機能は主に2つあると思います。
一つ目は「非ストリーミングユーザー(≒ライトユーザー)が音楽を聴くため」です。USではラジオが広く流通しており、購入しなくても音楽を聴ける環境が整っています。プランにもよりますが、DLが月9曲程度ならばストリーミングの料金を下回ります。このようなライトユーザーが曲を認知するのは多くラジオが上昇してきたタイミングで、この曲も実際にラジオが伸びたタイミングに少しだけDLを伸ばしています。
二つ目は「応援効果」です。これはストリーミングよりも値段が高い/チャート効果があるDLをすることでアーティストを応援しようというものです。
この曲で「応援効果」が強いと考えたのはiTunesの割引で全く数字が伸びないどころか、大きく減少しているからです。iTunes割引は伝統的なチャート施策で、値下げによってセールスを伸ばしてチャート上昇を狙うというものです。DLの存在感低下によって近年はあまり効果を持たないようになっています。
仮に一つ目のライトユーザーが音楽を聴くためという効果が強いならば、値下げのタイミングに需要が集まるはずですが、それが全く見られないのでこのDLの強さは「応援」のニュアンスが強いのでは、と考えました。
その応援を引き出したのがLil Nas Xが紡ぎ出したストーリー、という推測です。
・ラジオ仮説?
ちょっとチャートマニア向け内容です。この曲はラジオで首位に到達していません。各系統の順位は以下の通りでした。カントリー系でほぼかからなかったことがHot Country Songs除去の大きなトリガーになっています。
(各ラジオ系統での最高順位)
ポップ系:3位
アダルトポップ系:16位
リズミック系:1位
Hip-Hop / R&B系:2位
カントリー系:50位 (1週だけランクイン)
“Old Town Road”は今年のHot 100年間チャート1位が有力です。この曲が年間1位になれば、昨年の”God’s Plan”に次いで年間シングル1位が週間のラジオ1位にならなかったことになります。このことから、ストリーミングによってラジオ抜きでも年間1位クラスのヒットになるようになった初の時代では?という考えが浮かびました。しかし……
2000 | Breathe | 2 | 2010 | Tik Tok | 1 | |||
1991 | I Do It For You | 1 | 2001 | Hanging by a Moment | 1 | 2011 | Rolling in the Deep | 1 |
1992 | End of the Road | 1 | 2002 | How You Remind Me | 2 | 2012 | Somebody That I Used To Know | 1 |
1993 | I Will Always Love You | 1 | 2003 | In Da Club | 1 | 2013 | Thrift Shop | 1 |
1994 | The Sign | 1 | 2004 | Yeah! | 1 | 2014 | Happy | 1 |
1995 | Gangsta's Paradise | 7 | 2005 | We Belong Together | 1 | 2015 | Uptown Funk! | 1 |
1996 | Macarena | 7 | 2006 | Bad Day | 5 | 2016 | Love Yourself | 1 |
1997 | Candle in the Wind 1997 | 21 | 2007 | Irreplaceable | 1 | 2017 | Shape of You | 1 |
1998 | Too Close | 4 | 2008 | Low | 1 | 2018 | God's Plan | 3 |
1999 | Believe | 2 | 2009 | Boom Boom Pow | 1 | 2019 | Old Town Road? | 2 |
↑Radio Songsが出来て以降の年間シングル1位と、そのラジオ週間最高順位
このように2000年代などにラジオで週間1位にならずとも年間1位になっている曲がいくつか見られます。今後の推移なども見ていきたいですが、ラジオ無しでも大ヒットになっているのはストリーミング時代「特有」のものでもないようです。
・まとめ
この曲がここまでの規模のヒットになった最大の理由は複数バージョンが両立したことにあり、それを大きく(皮肉な形で)アシストしたのはビルボードでした。また、Lil Nas Xの持つバズ的センスがヒットの持続を手助けしました。
ビルボードをきっかけにヒットした曲がビルボードの大記録を塗り替えた、というのはなかなか興味深いです。
現代はストリーミングの台頭によりヒットの多様化が見られます。そんななか、果たしてビルボードは人々のヒットを反映させることができているのか?影響力はまだあるのか?そのような疑問が私の中にも少しはありました。その疑問を形にしたのが、Rolling Stoneによる新チャート開設でしょう。
そんなときにビルボードをきっかけに大ヒットが生まれるとは1チャートマニアとしては感動的ですらありました。まだまだビルボードにも新しい可能性がある、そう強く思わせてくれるヒットでした。そんな新しいヒットの形を生み出した“Old Town Road”は、新時代を切り開くのに相応しい曲だったのかなと思います。
~補足:謎の消去?~
“Old Town Road”は複数バージョン状態が両立した状態が強いと述べましたが、17週1位の達成後、なぜかオリジナル版の動画がYouTubeから削除されています。既に第3、第4のリミックスがリリースされて興味がそちらに向いていることから大きなマイナスにはなりませんでしたが、なぜ削除されたのかが少し気になります……?
◇おまけ “In My Feelings”・”Despacito”との再生数推移比較
※縦:再生数/百万 横:1位になってからの週数
“Despacito”はアベレージが低いですが、安定感はあります。”Old Town Road"は2つ目の山がある、という点が珍しいです。
(ビルボードは1位の曲以外のストリーミング実数を表示しないことが多いので、2位になってからの再生数は表に載せていません)
参考 / 関連記事
・ビルボードによる“Old Town Road”の動向を1週ずつ説明する記事です。この週の2位は○○!などその週の他のチャート動向を説明する記述が多いです。
・DLやストリーミングの数字は各週のトップ10解説記事から引っ張って来ています
・数字の主要な参照元
https://charts.youtube.com/charts/TopSongs/us?
*1:ビルボードが他に挙げたのはMariah Careyの1位滞在累計最長、The Beatlesの1位シングル数、”The Twist”による2回の“期間”にわたる首位再浮上
*2:DL、ストリーミングはほとんど1位なので、順位で表すと代わり映えしない
*3:Ariana Grande's 'Thank U Next' Returns To No 1 On The Hot 100 | Billboardと Lil Nas X's 'Old Town Road' Spends Second Week at No. 1 on Billboard Hot 100 With Record Streams | Billboardを参照に作成
*4:四捨五入、以下同