チャート・マニア・ラボ

音楽チャート・ポップス研究者(自称) ポップス音楽と食べることが好きなオタク

4月アルバムチャートの乱 【The Weekndと5 SOS、そしてマーチ】

f:id:djk2:20200411003615j:plain

 4/4付、そして4/11付のUSアルバムチャートで「乱」ともいえる動きがあったので、まとめました。↑はThe Weekndのマーチの一部

 

 

1:The Weeknd

 今年最大の数字(44.4万)を記録し、アルバムチャートを制しました。内訳はセールスが27.5万、ストリーミングが16.3万、シングルDLが0.6万でした。

 R&Bのアルバムとしては歴代最多の2.21億再生を記録し、ストリーミングも優秀な数字ですが、44.4万の大きな要因はやはりセールスの高さにあるでしょう。

 そのセールスに関してビルボードは記事内で、「このセールスは主にチケット戦略、80種以上のマーチ戦略から来ている」としており、この数字は戦略によるものが大きいということが伺えます。

※ チケット戦略=ライブのチケットを買うとDL音源 or CDが貰える

マーチ戦略=グッズを買うと、主にDL音源が一緒についてくる

 

 さらにこの作品は2週目もマーチの存在が明言されていました。2週目は「90種以上」のマーチとビルボードの記事にあり、1週目から種類が増えていることが分かります。

 この追加マーチは、(次に紹介するデラックス版と合わせて)アルバムへの注目の持続を狙ったものでしょう。その結果、この作品は2週連続でアルバム1位を取ることに成功します。

 

 この作品でもう一つ焦点となったのはその「多数のデラックス版」です。3/20にオリジナル版をリリース以降、3/23にデラックス①、3/30にデラックス②、そして4/3にリミックスEPをリリースし、合計4バージョンの関連作品をリリースしました。

 現在のストリーミング環境では、デラックス版が出てもファンにコストはほとんどかからないので、気軽にリリースが可能です。ヒット曲を後付けでアルバムに追加する、「サイレントデラックス」なるものも存在しています。

 なぜこれが「サイレント」なのかというと、曲の区分が微妙に変わるだけで新しい曲はリリースされず、あまり話題にならないからです。この戦略は追加曲の分だけ、そのアルバムの数値が上昇するのでお得な戦略です。昨年Shawn Mendesは”Señorita”を前アルバムに追加し、その週にアルバムチャートで33個順位を上げました。

 

 現在デラックス版の活用は広く行われていて、ファンにもほとんどコストがかからないので、今回も多いとはいえど特別な戦略という印象はありません。*1昨年”Old Town Road”がリミックスを出しまくった、みたいなものでしょう。もちろんここまで短期間に大量にリリースされると、「商魂たくましいな……」という印象は与えると思いますが。*2

 このデラックス版も、随時追加され注目度の持続に一役買った「マーチの一種」のようなものなのでしょう。デラックス版の追加は、音楽メディアにも取り上げられやすい=リスナーへの注目喚起ができる点もポイントなのかもしれません。(一方マーチもファッションメディアに取り上げられ、別の角度からメディア露出に寄与していたことをフォロワーさんに教えていただきました)

 

 あとはインタビューで発信された「究極の正当性評価」という発言も一部で注目を集めていました。その発言もですが、個人的に気になったのはビルボード側の質問項目です。

 この発言はHot 100・Billboard 200・Artist 100・Hot 100 Songwriters・Hot 100 Producersのチャート5部門を制した「初のアーティスト」になったことに対するコメントです。ただSongwritersとProducersチャートが登場したのは2019年6月で、実際には「1年弱で初」の記録なのです。

 仮にこの2種のチャートが以前からあったとして、直近にこれを獲得できるのは2017年のEd Sheeran(と思われる)ので、レアな記録であることは事実です。(Songwritersまでの4部門制覇できるアーティストはもう少しいますが、自分でプロデュースしている人は少ないです)

 これ以外に当てはまる人はいなさそうなので、やはり珍しい記録ではあるのですが、SongwriterやProducer部門をアーティストが獲得するのはアルバム曲が大量登場するようになったストリーミング前 / 後でも難易度が変わっていることも頭に入れておきたいです。(おそらくストリーミング前だと、アーティスト自身ではなくMax Martinのような専業裏方がこの部門を多く取りそう)

 

 何が言いたいのかというと、実際にレアな記録ではあるものの、「初」の部分には自分だったら注を付けたくなるな~ということです。

 ビルボードの表現に対して、毎回ここまで深く追う必要は全くありませんが、ビルボードはチャート記録等を多少オーバーに表現する場合もある、ということを頭の片隅に入れておいても良いかもしれません。*3

 

 ちなみにマーチやデラックス版の有無の影響があるのはBillboard 200とArtist 100の2種類のチャートですが、ストリーミングも優秀な数字を収めているため、極端な話セールスがゼロだったとしても変わらず5部門制覇はしているかと思います。つまりマーチやデラックス版の存在はあまりこの発言とは関係ないと思います。

 ただ関係が薄いとはいえ、ヘビーなセールス戦略を用いつつも「俺は真のアーティストだ」的な発言をするのは、反感を買ってしまう余地があります。

 

 

2:5 SOS

 一方5 Seconds of Summerはマーチ関連で不運な目に逢いました。The Weekndと同様にチケット戦略・マーチ戦略を取った彼らですが、そのチケット戦略と連動したCDの配送が一部予定よりも早く行われました。そのミスによって、1.1万枚相当が正式なリリースの一つ前の週にカウントされました。

 そして正式リリースの週に13.3万の売上を記録しましたが、2週目のThe Weekndが13.8万の売上を記録したためアルバムチャート1位を獲得できず。デビュー作から続いていた3連続アルバムチャート首位の記録が途絶えてしましました。

 仮にそのミスの分が正しく配送されていれば、The Weekndの数字を逆転できるので、ファンたちはビルボードに #BillboardSpeakUpなどのタグを送り、訂正や声明を求めています。(関係の無いツイートにもこのタグが送りつけられています)

 さらに5 SOSのメンバー、Ashton Irwinは「他のアーティストは早い送付があっても修正されるのに、私たちにはそれが起こらなかった」と主張しています。

 

 たしかに同情の余地はありますが、配送ミスはビルボードの管轄外ですし、例外を作るとルールが歪んでしまうので訂正されることはきわめて低いでしょう。「他のアーティストは訂正されるのに!」の部分の真偽は気になりますが。

 ビルボードはその週のアルバムチャートを紹介する記事内で1週目→2週目のアルバムチャートを大きく駆け上がった過去の事例を紹介しています。これを提示するということは、やはり訂正される可能性は低いと思われます。

 単に事実を羅列しているだけで、かつファンたちが#BillboardSpeakUpのようなタグを作る前に完成した記事なので問題は無いですが、この記述はファンを逆撫でしてしまいそうです。今後何かしらの説明をすることはあるのでしょうか。  *4

 

 

3:マーチを取り巻く環境

 2週目に順位が急落する可能性、利用方法によっては「ガメつい」印象を与える可能性、さらには5SOSの配送ミスなどリスクもあるチケットやマーチ戦略ですが、現在のアルバムチャートでは必要不可欠なものになっています。

 今年アルバムチャートのトップ5に新登場したアルバム28のうち、20のアルバムが何かしらのセールス戦略を利用がビルボードの記事で明記されています。(多くはチケット or マーチ戦略ですが、BTSのみ複数バージョンのCD販売)

 ここまで多くのアルバムがこの戦略を活用しているので、通常通りの販売だと、戦略を用いたアルバムの水準に付いていくのが難しくなってしまうのです。

 

 例えば直近の4/11付チャートで、Dua Lipaは6.6万の売上でアルバム4位でした。ヒットシングルがあり、アルバム自体への注目度も高かったように思うのですが、首位争いからは程遠い水準の成績でした。(とはいえDua Lipaのキャリアで最も高い成績でしたが)

 総合売上6.6万のうち、セールスが1.8万、ストリーミングが4.4万、シングルDLが0.3万でした。(合計すると数値がズレますが、四捨五入の問題でしょう)

 ストリーミングはUS国外の女性アーティストとしてはトップクラス*5で、優秀な数字です。この週アルバム2位の5 SOSに「ストリーミングでは」ダブルスコア以上の差を付けています。(5 SOSのストリーミングは1.9万枚相当)

 しかしセールスの低さ(1.8万)が足を引っ張り、総合売上は5 SOSの半分程度に収まっています。ビルボードの記事内で何かしらの戦略を用いたという記載はなかったので、「自然な数字」で勝負するとこれぐらいのセールスになるということです。

 Dua Lipaは戦略を行えばアルバム1位になる!というわけでも無いですが、セールス戦略を何も行わないとセールスで差が付き、結果的に総合売上にも大きな影響が出るという例の一つでしょう。

 

 他への対抗策として、チケットやマーチの戦略は「導入せざるを得ない」面も強く、ビルボードがこれを除外でもしない限り、いたちごっこ方式でこの戦略は続きそうです。

 ビルボードは今年1月からこのような戦略に関するルール改定を行いましいたが、「チケット戦略については据え置き、マーチは値段制限と販売場所を制限する*6」と変化は小さいものだったので、あまり規制する気はなさそうな気がします。

 

 チケットやマーチ戦略を売るにも「アーティストのパワー」が必要で、それをアルバムチャートで測ることは悪いことではないと個人的に考えています。ただしこの戦略があるか無いか、で数字がだいぶ変わってくるので、現在のアルバムチャートを見る際にはこの戦略の有無を確認し、それを踏まえた上で順位や売上を見ることが大切だと考えています。

 そしてこの戦略を用いたアルバムは、その効果が切れてから以降急落するケースもあります。どこまで戦略に依存しているかを確認するために、2週目以降のアルバムチャート順位、またはストリーミングでどこまで数字を記録したかをチェックするのも同様に大切です。

 

 

参考:

4/4のアルバムチャート記事:The Weeknd’s ‘After Hours’ Debuts at No. 1 on Billboard 200 Chart With Biggest Week of 2020 | Billboard

4/11のアルバムチャート記事:The Weeknd’s ‘After Hours’ Spends Second Week at No. 1 on Billboard 200 Chart | Billboard

The Weekndへのミニインタビュー:The Weeknd on Being the First Artist to Top These 5 Charts At Once: 'It Feels Like a Huge Blessing' (Exclusive) | Billboard

(この和訳記事で「究極の正当性評価」は登場します)

 

 

 

 

*1:ちなみにオリジナル版と比較すると、ストリーミングでの影響力はあまり無かった

*2:あとリミックスが多岐にわたるので、どの曲がどのバージョンにあるのか把握するのが難しそう

*3:そのビルボードの報道表現について書いた過去記事です:ビルボードの報道の傾向:トップ○○「デビュー」の記録強調に関する疑問について - チャート・マニア・ラボ

*4:というのも、ビルボードはスタンに投票を求めるVote記事や、一般人のツイートを紹介するFans Reactのような、「ファンの力を借りる」記事をコンスタントに作成しているので、各スタンへの対応は丁寧に行った方が自身のためにもなるね、という私の持論です

*5:全てのデータを隅々までチェックできないですが、おそらく過去最高の成績。2017年にLordeが記録したSEA換算2.4万枚程度?ぐらいしかその他のUS外の女性アーティストのストリーミングでの好成績は覚えがないです。この枠の強力なアクトの一人であるAdeleは前作、リリース時にアルバムをストリーミング開放していなかった

*6:アーティストの公式サイトで扱ったもののみ