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音楽チャート・ポップス研究者(自称) ポップス音楽と食べることが好きなオタク

Spotifyでの過去曲の盛り上がり 【2021】

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 Spotifyで昨年盛り上がりを見せた過去曲の動向について、データや背景、分析などを書きました。

 

 

 

1 定義

 ここでは5年以上前の曲を「過去曲」とし、それらの動向について扱います。日単位等ではカウントせず、年単位で5年とします。

 どういうことかというと、2021年の調査では常に2016年にリリースされた曲がすべて対象になります。例えばチャートの日付が2021年1月で、リリースが2016年12月だったとすると、5年は空いていませんが、年ごとを比較し5年以上前の曲と扱います。2020年調査の場合は2015年……と推移していきます。

 

 また、クリスマス曲は数が多すぎてバランスブレイカーになってしまう、などの理由でこの調査の統計からは除外しています(最後に詳しく書いています)

 

 

2 変遷

 この記事で調査の対象とするのはGlobalとUSチャートです。この2つのチャートでの、2020年以降の「過去曲」のエントリー数をグラフにすると、以下の通りになります。

 

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(ともに左側が2020年、右側が2021年)

 2020年前半はどちらもエントリー数は一桁でしたが、2021年後半には40曲前後まで増加しています。この「過去曲」の躍進が最近の明確な傾向として伺えます。ストリーミングではどんな曲でも「現役復帰」をしやすい環境が以前から整っていましたが、ここまでの規模で過去曲が盛り上がるとは興味深いです。

 

 ちなみに定義の都合上、2020年→2021年で新たに2016年リリースの曲が対象として加わります。一応その「調査方法の変化」がどこまで影響を及ぼしているかを説明しておきます。2016年には強力なロングヒットも多いです。”goosebumps”がその筆頭でしょうか。しかし2016年の曲の週ごとの平均エントリー数は、Globalが3.1曲、USが3.3曲。一定の存在感はありますが、全体の増加ペースはこの数字を凌駕しています。

 

 

3 おおまかな傾向―滞在が特に長い曲

 それでは、2021年にどのような曲がランクインしたのか、データを見ていきます。まずは大まかな傾向をつかむため、それぞれで滞在が特に長い曲(50週以上)の曲を見ていきます。

 

Global

(滞在週数:アーティスト – 曲名 (リリース年))

52週:The Neighbourhood – Sweater Weather (2012)

52週:The Neighbourhood – Daddy Issues (2015)

52週:Coldplay – Yellow (2000)

51週:Hozier – Take Me To Church (2013)

51週:NirvanaSmells Like Teen Spirit (1991)

51週:QueenBohemian Rhapsody (1975)

 

 The Neighbourhoodの2曲、そしてColdplayの“Yellow”が全週制覇。The Neighbourhoodは特に”Sweater Weather”の人気が高く、過去曲ながらもトップ50に入る期間も短くなかったです。それに引っ張られる形で、“Daddy Issues”の方も人気を確立させていました。これらは当初のリリース時、ここまで高い注目を集めては来なかったので、今の方がピークといえる大活躍でした。

 以下51週にはロックの大御所等が続いていきます。ここで挙げた6曲はすべてロック/オルタナティブに該当する曲です。

 

 

US

52週:The Neighbourhood – Sweater Weather (2012)

52週:J. Cole – No Role Modelz (2014)

52週:The Neighbourhood – Daddy Issues (2015)

51週:The Killers – Mr. Brightside (2003)

50週:Arctic Monkeys – 505 (2007)

 

 こちらでもThe Neighbourhoodの2曲が全週制覇。いかに彼らが昨年人気を集めていたかが分かります。ほかJ. Coleの”No Role Modelz”が制覇。この曲は以前からロングヒットとして知られている印象です。USのSpotifyではランキング内滞在日数が現在2277日(2022年4/2時点、同2位の”goosebumps”とは300日以上差がある)

 以下2000年代のロック曲が続きます。こちらもやはりロック・オルタナティブ系の曲が目立ちます。

 

 

4 上位50

 続いて、それぞれで滞在日数が50位までの曲を詳しく見ていきます。

 

Global

  Global   週数 ピーク
1 The Neighbourhood Sweater Weather 52 35
2 The Neighbourhood Daddy Issues 52 99
3 Coldplay Yellow 52 101
4 Hozier Take Me To Church 51 108
5 Nirvana Smells Like Teen Spirit 51 109
6 Queen Bohemian Rhapsody 51 124
7 James Arthur Say You Won't Let Go 49 94
8 Travis Scott goosebumps 47 75
9 John Legend All of Me 46 110
10 Fleetwood Mac Dreams 42 86
11 OneRepublic Counting Stars 42 138
12 Vance Joy Riptide 40 122
13 Avicii The Nights 40 126
14 The Police Every Breath You Take 40 144
15 Bruno Mars Talking to the Moon 38 45
16 Tom Odel Another Love 38 76
17 Surf Curse Freaks 35 55
18 Avicii Wake Me Up 33 142
19 The Killers Mr. Brightside*1 33 142
20 Eminem The Real Slim Shady 30 123
21 Arctic Monkeys Do I Wanna Know 26 117
22 The Weeknd The Hills 25 52
23 Queen Another One Bites The Dust 25 138
24 The Chainsmokers feat. Halsey Closer 24 167
25 AURORA Runaway 21 19
26 Arctic Monkeys Why'd You Only Call Me When You're High 20 104
27 Bruno Mars Just the Way You Are 20 133
28 Gotye feat. Kimbra Somebody That I Used To Know 19 129
29 Drake feat. Wizkid & Kyla One Dance 19 149
30 James Arthur Train Wreck 17 62
31 J. Cole No Role Modelz 16 119
32 Gym Class Heroes feat. Adam Levine Stereo Hearts 16 136
33 Mother Mother Hayloft 14 120
34 Eminem Without Me 14 150
35 Adele Rolling in the Deep 13 36
36 The Walters I Love You So 12 43
37 Sam Smith Like I Can 12 55
38 Macklemore & Ryan Lewis feat. Ray Delton Can't Hold Us 12 170
39 Coolio feat. L.V. Gangsta's Paradise 11 132
40 Adele Someone Like You 10 38
41 Gym Class Heroes feat. Patrick Stump Cupid's Chokehold 10 77
42 Tame Impala The Less I Know The Better 10 187
43 Adele When We Were Young 8 33
44 Adele Love In The Dark 8 46
45 The Weeknd feat. Daft Punk Starboy 8 64
46 BØRNS Electric Love 8 166
47 Taylor Swift Enchanted 7 61
48 J. Cole feat. Amber Coffman & Cults She Knows 7 124
49 Taylor Swift Blank Space 7 140
50 Marina and the Diamonds Bubblegm Bitch 7 148

 

 ここで入っている曲を分類すると、以下の4つに分類されると思います。(複数にわたる属性を持つ曲も多いです)

 

1:普通にヒットしていた曲

 “Take Me To Church”、“Say You Won’t Let Go”、“Counting Stars”など。ヒット当時からロングヒットだった曲が多く、Hot 100での滞在が50週超えの曲も少なくないです。

 このような2010年代に加え、既に「Decadeを代表する曲」が確立されている2000年代以前の代表曲もいくつかランクインしています。

 

2:今も褪せないアーティスト性

 新曲の有無に関わらず、今もアーティストとしての強力な「引き」があるため、過去曲でも聞かれるということです。The NeighbourhoodやArctic Monkeysが代表でしょうか  

 

3:当初ヒットしていない曲(主にオルタナティブ

 Surf Curseがここの最大のヒットです。これに関しては、USの方が際立つのでそちらの項目で詳しく。Tame Impalaは2と3の中間と評せるかも。(メディア間では有名でしたが、当時のメインストリームでの存在感は限られていたので)

 

 “Blinding Lights”の記事でも、似たようなことを書きましたが、ヒット曲はそのサイクルを終えた後も、絶えず序列の入れ替わりが見られます。2010年代が過去となった今、「2010年代を象徴する曲は何なのか?」という考察が、1-3の要素を踏まえつつ、リスナー間で行われているのかもしれません。

 

4:TikTok効果が大きい曲

 ランキングを脈絡も無く急浮上してくる曲です。そして、すぐに順位を落とす傾向にあります。このジェットコースター的なチャート上での動きは、TikTok内での流行の変遷の速さが反映されたものなのでしょう。

 ただし、2の要素(アーティスト性)等とうまく絡められれば、TikTok内でのヒット周期が終わった後もランキング内に残ることもたまにあります。

 

 

US

  US   週数 ピーク
1 The Neighbourhood Sweater Weather 52 19
2 J. Cole No Role Modelz 52 43
3 The Neighbourhood Daddy Issues 52 59
4 The Killers Mr. Brightside 51 72
5 Arctic Monkeys 505 50 105
6 Fleetwood Mac Dreams 49 53
7 Travis Scott goosebumps 48 67
8 BØRNS Electric Love 45 75
9 Mac Miller The Spins 44 91
10 Tame Impala The Less I Know The Better 43 117
11 Grouplove Tongue Tied 41 107
12 Kendrick Lamar feat. Jay Rock Money Trees 39 134
13 Neon Trees Everybody Talks 37 124
14 The Weeknd The Hills 36 27
15 Surf Curse Freaks 36 31
16 Cage The Elephant Cigarette Daydreams 36 114
17 Chris Stapleton Tennessee Whiskey 35 135
18 Bruno Mars Talking to the Moon 31 64
19 Journey Don't Stop Believin' 30 132
20 Beech House Space Song 25 92
21 J. Cole Work Out 20 111
22 Nirvana Smells Like Teen Spirit 20 114
23 Mother Mother Hayloft 19 64
24 J. Cole feat. Amber Coffman & Cults She Knows 19 74
25 WILLOW Wait A Minute! 19 110
26 Kid Cudi feat. MGMT & Ratatat Pursuit Of Happiness 17 142
27 James Arthur Say You Won't Let Go 17 144
28 Joy Again Looking Out for You 15 77
29 Post Malone I Fall Apart 15 140
30 Ricky Montgomery Mr Loverman 15 160
31 Gym Class Heroes feat. Patrick Stump Cupid's Chokehold 14 44
32 The Weeknd Die For You 14 115
33 Hozier Take Me To Church 14 141
34 Childish Gambino Redbone 14 152
35 Zac Brown Band Chicken Fried 13 71
36 ScHoolboy Q feat. Kendrick Lamar Collard Greens 13 113
37 Kanye West Heartless 13 137
38 The Walters I Love You So 12 45
39 All Time Low Dear Maria, Count Me In 12 90
40 Arctic Monkeys Why'd You Only Call Me When You're High 12 111
41 Ricky Montgomery Line Without a Hook 12 118
42 The Rare Occations Notion 11 75
43 James Arthur Train Wreck 11 95
44 MKTO Classic 10 102
45 AURORA Runaway 9 34
46 Paramore Misery Business 9 125
47 Vance Joy Riptide 8 180
48 Taylor Swift Enchanted 7 29
49 Adele When We Were Young 7 35
50 My Chemical Romance Teenagers 7 104

 

 Globalと比べると、こちらの方の規模が小さい影響か、選曲がかなりマニアックです。トップ10だけ見ても、半数がHot 100入りしておらず、トップ10は2曲のみです。また全体を見渡しても、曲名はおろかアーティスト名すら知らないという場合も多いでしょう。

 

 そんなマニアックな動きに関して、少し経緯を説明します。(前章の3にあたる部分です)この動きを一番はじめに見せたのは2019年のTame Impalaです。批評界隈からは高い評価を得ていたものの、これまでUSのSpotifyトップ200にランキング入りしたのはその年3月の“Patience”のみ。その曲も1週でランキングを後にしています。

 そんな彼らの2015年の、“The Less I Know The Better”が7月にUSのランキング入りを果たしたのです。その年彼らがリリースした新曲の効果も多少はあるのかもしれませんが、タイミングはズレているため、「リスナー間で評価を高めて発掘された」面の方が強いと思われます。以降も継続してランキングに残り続けています。この曲のランクインは、「当時のヒット序列をひっくり返して浮上する」という点で画期的でした。

 この曲の注目の高まりもあり、2020年の新譜はSpotify内で人気を集めました。しかし、その後もランキングに残り続けたのは新しい曲ではなく、“The Less I Know The Better”でした。どちらかというとアルバム志向のアーティストによく見られますが、新曲自体は人気を集めるが、その後長くランキングに残るのは結局過去曲、という事例は少なくありません。(Lil Uzi Vert、J. Cole、Jojiなど)

 

 Tame Impalaはメインストリームでの存在感は限られていたとはいえ、批評界隈では有名なアーティストでした。しかし2021年初頭頃からは、そこでも知名度の低いアーティストが台頭し始めます。先陣を切ったのはRicky MontgomeryとMother Motherです。前者はインディーポップシンガー。後者は男女ツインボーカルが特徴的なバンド。前者は2016年のアルバムから、後者は2007年のアルバムから複数曲をランキング入りさせることに成功させました。

 過去曲エントリーが増え始めた2021年以降からはこの手の発掘も相次ぎ、Surf Curse、Joy Again、The Rare Occasionsなどの曲が浮上を見せました。また、他にもTame Impalaタイプ(批評界隈では知名度がある)のBeach Houseの活躍も見られました。

 

 このような傾向から、リスナーによる丹念なディグを感じます。これらは従来ヒットしていなかった曲が浮上しており、リリース年は古いものの「新規ヒット」という捉え方も十分可能だと思います。

 となると、これらの曲がプレイリスト*2やラジオで採用されてもおかしくはありませんが、まだそのような動きは少ないです。万が一これらの曲がプレイリストやラジオで注目されれば、「ヒットは新しい曲である必要がない」「リスナーの好みが業界の選曲を動かす」のような点で、従来の「ヒット曲像」を揺さぶると思います。

 一応このような動きはゼロではなく、2014年リリース、The Waltersの“I Love You So”は一部プレイリストやラジオで採用されるという事例も。まだまだ数は少ないですが。

 

 もう一つ、Globalの方の表では見られなかった傾向がポップパンクのプチ隆盛です。”good 4 u”との類似性が指摘されたことがきっかけで注目されたParamoreのほか、All Time Low、My Chemical Romanceも一定の結果を残しました。

 All Time Lowで興味深いのは、この年ラジオヒットしていた新規シングル“Monsters”は一切ランキングに入らず、それを差し置いて過去曲の”Dear Maria, Count Me In”の方が入った点です。近年多く見られるラジオとストリーミングの奇妙なねじれを象徴するような出来事でした。

 

 

5 このようなヒットが生み出される背景?

 

 過去曲が再注目されるようになった背景を、3つの側面から推察していきます。

 

・イベント型

 何らかの出来事を起因に、昔からよく見られるパターンです。まずはカレンダー上のイベントです。クリスマスがその最大手で、ストリーミングではかなり強さを発揮しています。便宜上、この記事では対象外にしていますが……

 次いでヒットの規模が大きいのはハロウィン、アメリ建国記念日、年始年末です。この時にヒットする曲はSpotify公式が作った○○Day Playlistの影響が強いです。「年始年末用」の曲はほとんど存在しませんが、カレンダー上で印象的な日であること、プレイリストの効果によってランキングに影響を及ぼす印象です。(ちなみに、2020年と2021年はThe Black Eyed Peasの”I Gotta Feeling”が新年プレイリストの影響で注目されています。)

 ハロウィンと建国日はクリスマスと性質が似ていますが、プレイリスト選曲の影響か、その日「専門」ではない曲も絡んでくるのがクリスマスにない特徴です。建国記念の日に大きく浮上した”Chicken Fried”は、その週以外のランキングにもエントリーしていました。(この複雑性、または区分けのしづらさがクリスマスと違い、調査の対象にした要因でもあります)

 

 そして催事を行っている場合です。代表例はスーパーボウルのハーフタイムショーです。年によってチャート効果を発揮するかまちまちですが、2021年のThe Weekndは過去曲も含めた明確な再浮上が見られました。この「イベント」はリアル世界である必要がなく、以前Fortnite内で仮想コンサートを行ったMarshmelloやTravis Scottの過去曲が再浮上した事例もありました。2019年のMarshmelloのコンサートは同週に行われていたMaroon 5のハーフタイムショーを大きく上回るチャート効果を発揮しており、かなりインパクトがありました。

 あとは超有力アーティストの久々のリリースにもイベント性があります。2021年はAdeleの新曲~新アルバムを起因として、過去曲にも注目が集まりました。

 

 

・古くても知らなければ新しい?

 私がこのテーマを扱う時によく思い浮かべるのは、「仮にリリース年が古くても、それを知らなければ新しいものとして捉えられることが可能」という発想です。例えば21世紀生まれは、2000年以前のものを少なくともリアルタイムには知らないわけで、19xx年産コンテンツは軒並み「新鮮な発見」となり得ます。

 また仮にそれを知っていたとしても、時間軸と「新鮮軸」がねじれることもあると思います。時代の違う曲ならば、今と雰囲気も違い、その点が新鮮さに結びつくことも考えられます。○○リバイバルのような動きがよく発生するのも、この「時代に違いに新鮮さを感じる」という考え方によるものでしょう。また、この○○リバイバルにもトレンドがあるように、「どの時代の何に新鮮さを感じるか」も時によって変わるようです。

 

 現在Spotifyのランキングで興味深い傾向が一つ見られます。それは「上位曲が弱い」ということです。例えばUSでは、現在デイリーランキングで100万超えの曲が一つも無いという日も珍しくありません。一方で5年前の同時期のランキングでは、だいたい5曲程度は100万再生を超えています。

 しかし、200位の曲の再生数を比べると逆の傾向が見られます。2017年はおよそ16万~17万だった水準が現在では22万前後まで伸びています。上位曲が伸び悩み、下位曲が底上げされている……つまり個人でのディグが進み、ヒット曲以外の選択肢も多く持つようになったことを感じます。(グローバルのランキングでも似たような傾向が見られます) (補足→*3

 

 ストリーミングの導入によって、未知の曲を聞く障壁が下がった、またストリーミング内での経験の積み重ねによってレコメンデーションが噛み合うようになった、さらにインターネットでの情報の流れ方が変わったなどの理由で各々がディグを行いやすくなったと考えられます。

そのディグの方向性が年代的な意味にも進んだことが過去曲の隆盛に大きく寄与していると私は考えています。従来はマイナーだった曲の発掘が多いのも、そのディグの熱心さを物語っているでしょう。

 過去曲の隆盛は傍からみると、「なんでそれを今更?」とも感じるかもしれませんが、それまで知らなかったもの、また新鮮に感じるものを個人が探し求めた結果である可能性があるのです。

 

 

・無関係ではないTikTok、ただし?

 そして最後にTikTokです。先に述べた「情報の流れ方」とも大きく関わります。インターネットでは双方向、そして「界」が絶え間なく交流していることから、物事が思いもよらぬ進化を遂げることがあります。これが「ミーム」ですね。「ミーム」というと「おもしろコンテンツ」のような印象もあるかもしれませんが、個人的には「インターネットで様々な栄養を与えられ、複雑な成長をしたコンテンツ」のように捉えています。

 TikTokは(短さや柔軟なアルゴリズム*4ゆえ)流動性のある機関で、ミームの成長や伝搬力に長けています。そして音楽が重要な立ち位置を占めているということで、音楽ヒットへの影響力を及ぼしています。ただしその流動性ゆえ、サービス内ではそこまで曲のヒット等が「保持」されにくいです。

 このように近年様々なヒットを生み出す要因とされていますし、もちろん過去曲が発掘されることとも関係があるでしょう。ただし、TikTokヒットのように見えてもヒットの理由が多岐にわたり、TikTokの比重が高くないこともあると私は考えています。

 

 TikTokの流行がそのままストリーミングに反映されるわけではありません。ラジオでかかる曲とストリーミングの人気が違うように、TikTokとストリーミングにも人気にギャップはあります。TikTokで人気があっても、全然ストリーミングのランキングに出現しない曲も多数あります。

 

 他にもTikTokが「ミーム成長」のどの段階にいるか不明瞭という側面もあります。以前見てなるほど、と思ったツイートがあるのですが、「TwitterTikTokの転載を見たと思ったら、次にTikTokTwitterのスクショを見た」というもの。TikTokが既に規模の大きいSNSであり、流行の発信源にも受け皿にもなり得るという例えの一つです。ストリーミングのランキング、TikTokの使用数を測るTokboardを細かく観察していると、曲のヒットの方が先で、TikTokでの人気の方が後と思わしきパターンもたまに見られます。

 

 あと個人的に注目したのは、「過去曲のヒットが不思議に感じられるものであり、その理由を説明したくなる」という心理についてです。これは最新曲でも未知のアーティスト、意外な曲がヒットを飛ばした場合にも当てはまります。

 現象と理解の間にギャップがあり、それを埋めたくなって、そこでTikTokが利用されるという構図です。TikTokは巨大で様々なコンテンツが存在するため、たいて何かしらのビデオが見つかります。そしてそれを「答え」とすることも可能です。

 しかしこの記事で示したように、過去曲がランキングに入ってくる事例は珍しいことではないため、ヒットに特別な理由が無いこともあるでしょう。

 逆に一見TikTokヒットと称されていなくても、実はTikTok発のようなパターンもあるかもしれません。*5

 

 TikTokの影響が色濃い曲の場合、急上昇/急落下を見せる傾向にあります。これはTikTokの流行の入れ替わりの激しさゆえです。この記事の表にある曲だと、“Runaway”や”Like I Can”などが当てはまると思います。ただしTikTok仕様の「急上昇」を見せた後、TikTokではピークが終わってもストリーミングで上位に残り続ける曲もあります。これは、TikTokからストリーミングの「知見」に変わった瞬間とも捉えられます。

 

 

(おまけ)クリスマスを調査から除外した理由

 まずは、便宜上の理由です。あまりに数が多すぎるため、バランスブレイカーになるからです。再生回数記録を更新する勢いでチャートを制圧するクリスマス曲も含めると、データが大きくブレてしまい、私が取り上げたい事象についての視点が分かりづらくなるのです。

 基本的にこれが理由としては大きいのですが、他にも個人的な推測も理由の一つとして挙げられます。それは「クリスマス曲は他の過去曲と枠組みが違うのではないか」というものです。

 クリスマス曲は、12/24に近づくにつれてストリーミングを増やし、12/26以降は一気に再生数が落ちていきます。いや、それは当たり前なのですが、なぜか個人的には「他の過去曲ヒットで見られるような複雑なダイナミック性を感じない」点で引っかかるのです。

 動きが画一的ということは、ヒットの理由も画一的ということです。しかし他の過去曲は理由が一つに特定出来ないことも多く、チャート上の動き方もバラバラです。これが上で述べた「ダイナミック性」に当たります。

 また、クリスマス曲を聞く人が多ければ毎年ヒットにトレンドの変遷が見られても良い気がするのですが、そのような動きは無いです。このような点から、ランキングの傾向から違いを個人的には見出した、ということです。まあマニア特有の考えすぎかもしれませんが。

 

 

参考

https://spotifycharts.com/regional/global/daily/latest

https://spotifycharts.com/regional/us/daily/latest

Tokboard - Top TikTok Songs This Week

https://kworb.net/spotify/ (データまとめ)

How TikTok recommends videos #ForYou | TikTok Newsroom

アレックス ペントランド、矢野 和男、小林 啓倫  (2015) 『ソーシャル物理学:「良いアイデアはいかに広がるか」の新しい科学』 草思社 (情報の流れ~のような記述は主にこの書籍から発想を得ています)

 

*1:平均順位が"Wake Me Up" > "Mr. Brightside"のため

*2:SpotifyのToday’s Top Hitsは過去曲への対応は皆無に近いです。代わりに他のプレイリストで「役割分担」しているのかもしれませんが。一方Apple Music(US)の同テーマのプレイリストは、時折過去曲も取り扱います。

*3:~~この部分の補足~~

・USの方を例に挙げたのは、100万超えるか否かで桁が変わり、分かりやすいからです

Spotifyでは曜日ごとに再生規模が違うので、比較の際は曜日を揃えると良いです。

・金曜日が強く、日曜日が弱いです。上記の再生数水準はそれ以外の曜日のものを参照しています

・ほか、大規模アルバムがあった際も上位の水準が異なる点に注意してください

・この現象は最近時折目にする「Hot 100首位のポイントが低い」のようなことも関連していると考えています。(Hot 100の集計対象が変化しているので、ポイントが低い要因はシステム面にもありますが)

*4:リコメンデーションの固定化をこの手のシステムの課題とし、それを脱却するための工夫がリンクに記載されています。

*5:Eminemの”The Real Slim Shady”はfavsounddsというユーザーがランキング入りに寄与した可能性もあると推測しています