チャート・マニア・ラボ

音楽チャート・ポップス研究者(自称) ポップス音楽と食べることが好きなオタク

バンドル等を制限するルール変更のまとめ・所感など

 

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 ビルボードがバンドル等の販売戦略を制限するということなので、それについて手短にまとめました

 

 

・何が変更になるのか

 シングルチャートでは、物理媒体(CD・カセット・ヴァイナル)とDLの抱き合わせ販売に制限がかかります。これまでは実物の発送が数週後だったとしても、それに添付される音源DLの権利を行使すれば、即座にセールスとして換算されるシステムでした。これによって特定の週にセールスを集中させることが可能でしたが、今後は抱き合わせ分のDLがチャートに反映されなくなり、これからは実物が発送される週に反映されるようになります。

 

 アルバムチャートではバンドル商法がほぼ使えなくなりました。グッズやチケットを販売する際には、音源販売の有無を区別し、それを明示することが必要になりました。つまり意識してアルバムを買う選択をしない限り、今後はセールスに反映されないのです。

 

 

・その背景

 ビルボードのシングルチャートはセールス+ラジオ+ストリーミング、アルバムチャートはセールス+シングルのセールス+ストリーミングで構成されています。いずれもセールスの方の値段が高いため、チャートのポイントも高めに設定されています。*1しかし昨今はストリーミング中心で、セールスの平均値は低いため影が薄いことも多いです。

 しかし、ここを稼ぐことができれば大きくポイントを稼ぎ、他の曲を出し抜くことが可能になります。そこで登場したのは、セールスを稼いでチャート順位を上げようという戦略です。

 

 ビルボード曰く、このような戦略は昔からある程度は存在していましたそうです。ただ以前は一般的な音楽の消費方法が「購入」だったため、他の作品もセールスが高く、他を出し抜くようなセールスを稼ぐのは非常に難易度が高かったです。

 しかしストリーミングが台頭して以降、セールスの数字は減少し始めます。中でも2016年半ばに、ストリーミングの成績を中心にアルバムチャートを計13週制したDrakeの“Views”がその変換点だったように思います。ストリーミングは何度も消費が可能なため、2週目以降も数字をキープする傾向にあります。ただしセールスが中心だった時代と比べると、初週の数字が伸びづらくなりました。

 そこを出し抜くことを狙って登場したのがチケット戦略です。何らかの形でツアーのチケットと音源を抱き合わせにし、アルバムのセールスを稼ぐことを狙うものです。これは2017年頃から増加しはじめ、以降定番の戦略として多くのアーティストに用いられました。またこの亜種として、グッズと音源をセットにする戦略もその時期あたりから報告されました。

 この傾向は長く続き、2020年の頭にはビルボードが軽く制限をかけました。マーチの値段を制限し、公式サイト以外の販売はカウント外とする、というルールを設定。しかしこれは焼け石に水状態で、販売戦略はさらに加熱。むしろ従来あまり見られなかったシングルチャートでも販売戦略が見られるようになり、正確に消費者の動向を反映させることを目指すビルボードはこれにストップをかけました。

 

 この戦略で問題だったと思われるのは、本来は1位クラスではないシングルやアルバムでも1位を獲得できることです。

 

(表:シングルチャートで近年販売戦略が報告された曲)

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 上記のリストの「次週」の項目を見ると、この戦略を利用した次の週に順位を落とす曲が多いことが分かります。この戦略がメジャー化した2020年の5月~6月では、2週目にトップ10から外れる曲も目立ちました。

 ”TROLLZ”は2週目に34位まで陥落し、歴代最大の1位からの下落幅を記録しました。*2そして最終的には4週の滞在でHot 100から外れてしまい、これもまた1位獲得曲としては最短の記録です。販売戦略を駆使してHot 100首位を記録したは良いものの、その後は調子が全く続かず、不名誉な記録をダブルで達成してしまいました。

 この販売戦略の効果が無くなる2週目に大きく順位を落とす、ということは本来1位クラスではなかったということを表していると思います。(これにはラジオのオンエアなど複雑な問題も関係していますが……)

 

 またアルバムチャートでも同様の現象が起きています。Billboard 200で1位からの落下幅が大きいアルバムベスト10は全て販売戦略を活用したものです。そして、ほとんどのアルバムが2週目以降の調子に関わるストリーミングが低かったです。(BROCKHAMPTONの作品はこの中だとストリーミングが優秀)

 

(画像:アルバムチャート1位からの下落幅が大きい作品 Wikipediaより

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・変更までに起こりそうなこと?

 この変更が実施されるのはシングルが8/7のリリースから、シングルは10/9のリリースからだそうです。*3

 そのためこの戦略は「まだ」有効で、この期限前までは強力な戦略として依然使用できるのですが、特にシングルの方はいくらなんでも期間が短いです。

 

 このルール変更に関するニュースを見た時、ルール変更に間に合うように曲をリリースし、変更前に販売戦略の力でHot 100首位を狙いに来るアーティストもいるのでは、とも思ったのですが、この短期間でその準備をするのはさすがに厳しいでしょう。(特にHot 100首位未経験でファンダムの力が強い、BTSなんかがこの戦略を使いにくると思いましたが……)

 一方、アルバムの方はある程度猶予があるので、ここに間に合うようにリリースを調整するアーティストもいるかもしれません。

 

 

・変更後は?

 順当な見方をすればこのような販売戦略は減ることになります。しかし平均的なセールスは低いままで、集中的にセールスを稼ぐことができれば他を一気に出し抜けるという構図自体は変わらないので、ルールをすり抜ける形で新たな販売戦略が発明される可能性もあります。

 既にBTSなどが行っている、CDの複数パッケージはこの対象外です。音源以外の要素にバリエーションがあるCDを複数種類販売し、それを売るという手法です。

 他にも、○○を買ったらの特典付き、みたいな手法ですかね。あとはシングルもCDをリリースするとか。そのCDにもなんらかのレア要素をつけて、しかも販売は1週間限定とかにすれば効力を発揮しそうです。

 

 

・個人的な見解

 2週目以降いびつな動きを見せる、本来はそのクラスの実力を持たないシングル/アルバムが1位に立ってしまう、という現象に手を打ってくるということは自然なルール変更だと思います。そして変更もシングルチャート関連は8月からと早い時期に行われることから、ビルボードの強い意志を感じます。(この変更のニュースを見た時、個人的には来年の1月から?と勝手に思っていました)

 アルバムチャート関連も新ルールは10月からと、これも導入は比較的早めですが、この現象自体かなり前から存在するものなので、長い目で見るとアルバム関連の改正には「時間がかかった」という印象もあります。

 アルバムのバンドルはしばらく放置されていたのに、シングルのバンドルは即座に改正された、というそれぞれの扱いで違いがある理由に関しては少しだけ気になりますが、チャートの「歪み」が是正されたことは歓迎すべきことなのでしょう。

 

 ただ、実はこの「歪み」を生み出していた販売戦略にも一つだけ良い点があったと私は考えています。それはチャートが販売を促進している、ということです。元来生まれないはずのセールスがチャートのために生まれた、という捉え方ができるのです。(チケット/グッズは「おまけ」に音源が付いてきて、その値段の内訳はよく分からないので、これは別に新たな販売を生み出していないという考え方もできますが *4、少なくともシングルの販売戦略はチャートのためのセールスだったと思います)

 

 チャートの機能は基本的には音楽のヒット度を測ることですが、そこから機能を拡張し、「プロモーション」という機能を持ったと私は考えたのです。これはチャートが音楽ファンの間で高い価値を持つということも示す面白い現象だったと思います。

 

 この現象はチャートでの「歪み」だったので、是正されて然るべきものだとは思いますが、この現象自体はチャートの新たな側面を見ることが出来て、個人的には興味深かったです。

 

 

 

 

*1:例えばHot 100では1セールス=250有料会員ストリーミング再生と推測されています

*2:クリスマス曲は除く

*3:ソースはここのようですが、有料会員記事です……こういう大切なお知らせは有料にしない方が良いと思うのですが……

*4:ただしチケットは音源がつく分、従来よりも値段が高くなった気がするとの意見を以前どこかで見た気がします。